そして善光寺

というわけで長野出張のついでの市内観光の続きの話です。

善光寺北口から本堂を見る(2011年1月15日,大雪の日)当地に来るまでは善光寺なるものがいったい日本のどこにあるのかもよく分かっていませんでしたが,博物館で歴史や位置づけの知識をしいれ,いってみることに。地図を見ると結構境内も広く,歴史もそこそこあるとのことなので,どんなもんかいなと興味津々でやってきました。もっとも,このころからまた空が白くなり,山際にはどんどん霞がかかってきました。今晩は相当雪が振りそうだなという雰囲気です。写真が全体に暗いのは,露出不足?

善光寺の「第1」駐車場は,なぜか裏口側にあります。JRの長野駅や私鉄の駅から歩いてもたいした距離ではないので,歩いて来る人も多いのでしょうが,駅長室に近いところから振ってあるプラットフォーム番号と比べると,この駐車場番号の振り方はどうなの???。

というわけで正面にまわってきました。毬を足蹴に,狛犬さん(?)も問いただしています…。いや実は,これは香を炊いている釜です。どこかの小学生が,一生懸命,煙を自分にかけています。当地の有名土産に「おやき」があるようですが,おやきの側面にこの狛犬のおさえている球の模様をつけた商品のネーミングを考えるのも楽しそうです。

さて,本堂。仏教徒でもないし,維持費の寄付を必要としているほどの清楚さもなかったので,ともかく見学するだけにして,お参りはほかの参詣者の方々の様子を見てるだけ。お寺の外観は,建築に素人の私ですが,なんとなく,江戸時代の建物なのかなぁと思わせるデザインです。二条城や清水寺に似てる色使い・構造がそう思わせるのかな?

ここの女性スタッフ(修行僧でもない様子ですし,どういう位置づけの方たちなんでしょう???)は,すれ違う参拝者にきちんと挨拶をされています。これは気持ちいいですね。また,床は木板張りの床そのままで,土足で,しかも雪道を歩いてきた不信者が足を踏み入れるのはちょっと申し訳ないと思いながらも,中に入ってみました。

が,がらんとしていて,本尊はお金を払って見ることになっているようです(伽藍ががらんとしているのはあたりまえ?)。戒壇巡りもやっているようですが,これも有料。案内図を見ると,お金を払わなくて良いエリアに閻魔大王像があるというので,脇に廻ってみました。関羽さんのような威厳のある顔を期待していましたが,どちらかというと,ちょっと張飛さんのような愛嬌のあるお顔(NHK人形劇三国志のイメージで語っています)。

と,ざっと本堂をまわり,ようやく表側の境内にやってきました。山門の阿吽像,ほかの寺社もそうですが,せっかくの彫刻なのに,金網や格子でよく見えなくて,残念です。見上げていたら,となりにきた高校生らしきふたり連れが,これなに?すごいとのたまっております。美術とか宗教史の勉強はしていないのかな?とふと思ったり。

参道脇には,露天の仏像もありました。江戸時代からあるとのことで,大したものです。と,この時点で日没近くなり,更に進んだ参道では土産物店がほとんど店じまい。ここでは日本語の表記が殆どですが,なかには中国語で話す観光客もいましたので,ビジネスチャンスを生かしていないなぁという感想。

午後4時をまわり,薄暗くなってきましたので,道が凍らないうちにと宿に移動することにしました。約1時間ぐらいの寺社観光でした。次回当地に来るときは,小学生の時に読んだ「野尻湖のゾウ」がらみでナウマンゾウ詣でなんかいいかなと思っています。

長野出張のついでに博物館

この土日,仕事で長野に行ってきました。仕事で全国を飛び回っている事業者さんとどうしても17日までに打ち合わせをしたかったのです。ちょうど,この冬一番の寒波襲来で,長野市内はすっかり雪景色でしたが,帰ってきたら名古屋まですっかり白い街になっていて,いやぁ,驚きました。

ま,ともかく,いくつか写真を。

久しぶりに雪国にやってきて,少し興奮しています。12月に冬タイヤに履き替え,毛布,軍手など雪国走行対策も整え,高速をひた走り,愛知・岐阜から長野県へ。すでに地面は雪に覆われていますが,さすが地元の皆さん,特に何事もないように走っていらっしゃいます。こちらは安全運転で,とあるSAにたどり着きました。

Mini

少し腹ごしらえをし,更に北へ。岐阜から長野,そして長野盆地への峠越えの二箇所以外はほとんど雪も降らず,予定通り長野市内へやってまいりました。事業者さんとの打ち合わせは夕方から。今回は天候悪化に備えてかなり時間に余裕をもってやってきたので,観光でもしようかと,目についた古戦場公園へ。

さすがに雪の日ということで,土曜日といえど他に観光客はほとんどなし。歴女らしき女性,カップル1組,アマチュアカメラマン一人。いずれも20代くらいで,私のような物好きは他にはいなさそう。ここは川中島の合戦の舞台となったところで,神社は信玄の陣がひかれたところにあるとされ,陣配置の図も看板が出ていましたが….。

同じ場所に長野市立博物館があったので,訪ねてきました(このページのトップ画像は,博物館内の階段室からみた外の様子。映画みたいでしょ?)。常設展示は定番の,この地域の先史時代から現代までの時代順で文物が展示されています。二つの大きなテーマがあり,一つは地震関連。1階の展示はほぼこれに関することのようです。長野盆地の東側の山岳地帯は地質の特性から土砂崩れが起きやすく,人類がこの地に住み始めて以来,なんども大規模土砂災害があったとか。また,善光寺地震なるものもあったとのことで,崩れやすい地域の地図や,かつて使われていた地震計などがどしょっぱつに展示されていました。以下,土器や瓦といった出土物が続きます。

長野市立博物館の外観(2011年1月15日,大雪の日)二階にあがると,次のテーマ,善光寺信仰に。ただ,善光寺なるものがどんなきっかけでここにできたのか,どんな信仰的特徴があるのかなど,いまいちよくわかりませんでした。江戸時代より以前からここに寺があり,結構力を持っていたこと,落語にとりあげられるくらい,知名度が高いこと,などなどが説明されています。おまけで,戦中や戦後の農機具,電化製品の展示,移築された農家の展示などがあり,なぜかこどもむけの,変体仮名解読コーナーがあります。前後の展示とのつながりは不明。ここまで,見学者は私の他には10代くらいの若いお嬢さん一人。雪国でもさすがに今日は悪天候といえるのでしょうか。

長野市立博物館の階段室より見た外の景色(2010年1月15日,大雪の日)常設展示のお次は特別展。川中島の合戦がテーマですが,この合戦の史実はほとんどよくわからなくて,現在流布しているのは,江戸時代以降に作られ,庶民に愛された物語とうことだそうで,展示は,いかにそうした現在のイメージがつくられていったか。別棟での展示で,この特別展コーナー以外には,集会室とか,勉強コーナーもあり,中型コンピューターのハードディスクなんてのも廊下に展示してありました。こちらには多少人がいて,親子連れ,集会室に集まっていた市民グループのおじさん,おばさん,などなど,多少,人の気配が多くなってきました。

雪の公園

とうわけで,2時間ほど博物館内外を散策してきました。まだ事業者さんとの面談の約束の時間までには間があるので,善光寺まで足を延ばすことにします。ではでは