民告官

民告官:

[min2gao4guan1] 行政に対する陳情や,行政訴訟の俗称。

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中国の最高裁判所は今年いっぱい,行政訴訟チェックキャンペーン「行政訴訟百万案件評価審査活動」を展開(南方報業網)

最近,中国では行政に対する不満が表沙汰になることが多くなってきており,行政訴訟も頻発している。行政訴訟が百万件という数字にすこし驚かされるが,従来より,中国では訴訟ではなく,仲裁や陳情によってトラブルが解決されることが多く,今回は陳情案件も対象に含むとしているので,このような数字が出ているのだろう。

また,この活動で重点がおかれているのは,複数の拠点(市・省・中央官庁など)に持ち込まれた重複案件の整理や,適切に下級裁判所で処理されなかった案件の是正,としている。ねらいは庶民の行政に対する不満の緩和だろう。

関連語句

官司 [guan1si]:訴訟。打〜 訴訟を起こす。

上访[shang4fang3]:陳情に行く。

新三国"穿越"

中国の大河ドラマ「三国志」が中国国内で話題になっている。中国はおろか,漢字文化圏では知っている人も多い「三国志」,今まで何度も各国で映画化され,テレビどらまも放映されてきた。私が中国に興味を持つきっかけとなったのも,かつてNHKが放映した人形劇・三国志だ。中国で三度目だというテレビドラマ「三国志」,そのつくりが雑だと国内で批判が挙がっているようだ。

中国でももちろん人気の三国志,現在ゴールデンアワーにテレビで放映されている。ところが,放映され始めてから俳優がどうのこうのとか,作りが雑だとか,批判が結構多い。

つくりが雑だというのは,例えば時代劇であるのに草原に「空き瓶」が転がっているのが画面の隅に写っていたり,有名な赤兎馬(董卓が味方に引き入れるために呂布に与えたという名馬)の胴に,アルファベットのマークが入っていたり,あるいは,出演者が吟じる漢詩が,時代が下った唐代のものだったりといったことが指摘されている。実におおらか。

もっとも,日本のテレビ制作の現場でも,60年代,70年代は似たようなことはたくさんある。有名な水戸黄門でも,背景に電線が写っていたなんてこともあるそうだし,研究者が多い江戸時代を対象にしたドラマは,時代考証がいいかげんだと批判を受けたことも多い。遠山の金さんや銭形平次など定番ものの間違い指摘は,それだけで娯楽番組となったりする。

今回の三国志の製作者は,大筋は正しく,細かいところは大胆に挑戦との方針のようで,桃園の義をおもいきり短い時間の描写にしてしまった一方で,貂蝉の描写を長くとったりと,ずいぶん冒険をしているようだ。そんな三国志を批判した言葉が冒頭の,新三国「穿越」。あえて意訳すれば,やりすぎ新三国志といったところ。

中国の学問の自由

中国では学問の世界においても共産党の指導のもとというのが今までの常識だったが,一つの波紋が今,中国で広がっているようである。昨日,筆者はたまたま在日中国人を中心とした研究者ネットワークに参加したが,そこで見聞きしたことを含め,中国における学問の自由を考える。

最近,元北京大学学長許智宏氏が華中科技大学で行った「科学精神と実践」講座の講演が,中国国内で大きな反響をよんだ。武漢を拠点とする長江日報が講演の内容を伝えたところ,その内容がインターネット上のニュースサイトなどを中心に次々と転載され,ネット上で議論が巻き起こったとのことである(数万人が意見を述べたと伝える「漢網」)。講演の中で,許智宏氏は,「中国目前没有世界一流大学(今,中国には世界一流といえる大学はない)」と述べており,ネット上では賛同の声で溢れていたという。

世界一流大学の仲間入りのプロジェクトは,北京大学では1998年5月4日の北京大学百周年記念式典で発表されたもので,総額300億元以上(日本円で約3,900億円)の投資になるであろうとのことである。設備や教員たちは世界一流といえる部分もおそらくはあるであろう。しかし許氏は,国際的知名度,人類文明への影響と社会経済発展の成果,人類文明に大いに貢献する優秀な学生の輩出という3つの基準において,中国にはまだ世界一流といえる大学はないという。

中国では,法律の規制により,ニュースを独自にインターネット上で発信することはごく限られた組織しか出来ず,一般サイトやマスコミは,こうした公認サイトからならニュースを転載・発信して良いことになっている。それゆえ,こうした本音や社会の実態といったような発言やニュースが公認サイトから発信されると,瞬く間に転載されていく。そうした中で,「ネット上で議論が行われ,行政との関係を断ち切らなければ,中国のアカデミー界は何時まで経っても一 流になれないという意見が多くの賛同を得た」などと,間接的な表現で,巧みに本音を伝える意見が掲載されたりする。

また,教育界,学問の世界での共産党の影響力も未だ強い。共産党青年団への加入は学生の間では,名誉なことと考えられているーーーただ,必ずしも共産主義の理想に共鳴してという理由で加入する学生は多くないのが現在の実態のようだが。現在執行されている政策に対する批判も,以前のようなタブーではなくなり,活発に対案や批判が公の場でなされるようになったが,一党独裁に対する批判は,少なくとも影響力のある知識人がそれを行えば,投獄などの可能性もある。

では海外の中国人研究者たちの学問の自由はどのようなものだろうか。

アカデミックの世界には非常勤講師としてしか関わってきていないが,筆者はたまたま昨日,研究者ネットワークの集まりに加入してきた。加入したのは在日中国人研究者を中心とした研究者のネットワークであり,日本人研究者の加入者の割合は1/4であった。当日は中日中国大使館の公使参事官ら行政担当者も出席し,挨拶もされた。会のリーダーは冒頭の挨拶で行政の「指導」をいただきながらという表現をつかい,日本の産業界の人士が役所の人間にへりくだる時に使うのと全く同じ表現で,行政への気遣いをした。また,担当者が,研究発表を聴講するとともに,ディスカッションにも加わった。

こうした経験ひとつだけで,在外中国人研究者が中国政府の影響下にあると主張するつもりはない。来日した政府関係者から,中国の行政の現状を嘆き,一党独裁制に対する疑問の声を聞いたこともあるし,中国国内でも,個人同士の対話の場では,政府に対する批判はよく耳にするようになった。

だが,ネットワーク上の議論で,「行政の影響を排除しなければ一流になれない」といった意見に賛同が多く集まる現状を見ると,実態としてはその逆(影響が未だ強い状況)であり,それを変えたほうがよいという考えを持っている人も多いが,実現はしていないということなのだろう。

学問の自由,つまり政府の監督を受けないという考え方が西側の研究者社会のみならず,司法の分野でも強く意識されている。逆にそうしたことが,校内暴力などの秩序の崩壊や,学力・研究力の低下につながっているという批判もあるが,大学など高等教育機関の自治は長い時代を経て育まれてきた統治原理の一つであり,学問の世界が政府とは独自の立場にあることが許されることは,思想・信条の自由にもつながる市民の権利の一つだ。だが,中国では今でもそうした考えはとらず,共産党や行政の管理体制が未だ学問の世界でも残っており,在外研究者もそうした体制から全く逃れられているわけではなさそうだ。

矢場町近辺にて

午後から,久屋大通で開かれていた中国春節祭りに知人とでかけてきました。流石に雪はふらなかったとはいえ,今日は結構寒かったのですが,人出はすごかった。知立の山車文楽とからくりとか,雑技とか,催し物も面白かったです。

いろいろ収穫がありましたが,中国銀行の名古屋支店ができ,名古屋でも銀聯カードをつくることができるようになったとのこと。中国に旅行や出張の予定がある方は,口座をつくっておくと便利だと思いますよ。

他にはイーサネットケーブルを買ったり,アジアン雑貨店の閉店セールを覗いたり,粉ミルクの相場を調べてみたり。何をしていたかというと,街中を歩きながら,中国語の勉強を二時間ほどしてきたのです。

海角7号を見てきた

知人と海角7号を見てきた。台湾で,好成績を収めたという映画だ。なんでも台湾映画としては,台湾での興行収入第一位とか。日本人も多数出演しており,日本と縁の深い地域でつくられた映画として,日本統治時代に関わるエピソードをからめたり,日本人や日本経済との関わりを入れ込むなど,なるほどなと思う。

映画の内容自体は,努力しても報われていなかった人たちが互いにぶつかり合う中で,理解しあい,最後に…というもので,ストーリーとしては王道の類だ。ところどころ笑えるよう,泣かせるよう,スパイス的な要素も取り入れられ,後半は飽きさせない。台湾のガチャガチャ感だとか,日本や日本人への複雑な思いとか,そんなところも映像やセリフのあちこちから伝わってきて,台湾や中国に興味を持っている人ならそんなところも楽しめるだろう。個人的には日本語,台湾語,中国語の三種類が聞けるということでも楽しい時間だった。

日本人の出演者たち,ことに中国語をしゃべり,台湾で働いているという主役級は,たくさんの中国語のセリフを使いこなすのに大変だったろう。そこそこ聞ける中国語になっていて,役柄でも完璧でない中国語を話すということになっていることもあり,それほど妙な感じはなかった。一方で,長い日本語のセリフをしゃべるときは棒読みかと思わせるような違和感があった。

なぜ,この映画が興行収入一位になったのかと興味をもってみてみたが,自分なりの結論は,努力しているのにあまり報われていない人たちの姿が,国際社会の中での台湾の姿に重なることもひとつの要因かなと思った。大陸の経済発展や,それに伴なう外交圧力などにより,台湾の国際社会での地位は相対的にかなり低下してきている。自分たちは民主化だとか経済建設でこんなに努力しているのに,それほど成功している人たち(国)とちがわないのにという思いと共通点があるように思う。

もっとも,一緒に見に行った留学生はそれは違うんじゃないかという意見のようで,主にエンターテイメントとしての面白さを挙げていた。この留学生はしょっちゅう映画を見ているので,生涯でまだ10本くらいしか見ていない自分の意見よりは的確なのかもとその場では思ったが,一位の座を得るほどの秘密が何にあると考えているかは,聞きそびれてしまった。

たまには映画もいいものです。次は「泣きながら生きて」かな。

平和教育とディベート能力

早めの仕事納めののち,知人の紹介で,数年前に独立された元某メーカー生産技術の技術者さんにお会いし,話を伺ってきた。中国にからんだビジネスに関心があるとのことで,特に日本の技術を活かしたい中国企業と日本の企業のマッチングに興味があるとのこと。今すぐどうこうというわけではないが,そんなニーズを持ちそうな企業も知らぬわけではなし,また,今の仕事から次のステージに移るときにも何かしら協力できるのかも。

で,その後,仲介してくれた中国人留学生といつものように中国語と日本語をまぜこぜにした討論会兼食事会。

  • [留学生] 日本社会が集団主義であることから,社会全体が特定の方向にながされやすい傾向があるという感触を持っており,隣国に対する嫌悪感を募らせる危険があるのでは。
  • [魚野 ] 日本の学校教育での平和教育や報道などでの平和重視の姿勢が徹底している現状,第二次世界大戦の記憶が未だ色濃く人々に残っている現状では,戦争という極限状態にまで至る可能性は低いと思う。
  • [留学生] 日本の学校教育では平和教育が普及しているのは承知しているが,残虐さ,悲惨さを避けるために戦争という手段をとるべきでないという論旨は感情論である。一方で,戦争は利害調整の究極の形であり,戦争を避ける手段として,人々が利害調整を話し合いで行うスキルを見につけることが望ましいが,日本ではそのような教育は行われていないのでは。
  • [魚野 ] 戦争とは利害調整の手段だという捉え方だと,戦争を考える上で,大きな利益のために小さな利益は捨てるべきという考えに行き着く可能性があり,それは平等や平和という観点から好ましくないのでは。
  • [魚野 ] また,話し合いによる調整の教育は,主にホームルーム活動という場で行われており,重視されているはず。ただし,日本では社会に出るといきなり上下関係で人間関係や仕事の上での思考を捉えるよう強制的に切り替えさせられ,合理的な意見を採用する(Win-Winの関係を築く)という解決方法がとられない傾向が非常に強かった。従い,ビジネスパーソンや官僚,学者などをのぞき,一般の人々にはディベートの能力の訓練の機会がほとんどなかった。
  • [留学生] ホームルーム活動というのは初めて知った。今後,調べてみたい。

といったような塩梅で,金山駅近くの食堂でラーメンを食べながら延々と議論をしておりました。

平和構築には人々のディベート能力が大切という指摘は,自分にとっては新鮮でした。

[日記]広島・長崎・日本が取り組むべき事

朝日新聞の報道によれば,南京の虐殺記念館で日本の漫画家が自身の戦争体験を描いた「私の八月十五日展」が開催され,連日多くの人が訪れているという。アニメ・マンガ分野での日本の知名度を活かし,南京という日本の加害が色濃く記憶に残されている地域で開催したという点で,よく工夫された良い取り組みだと思う。

従来,広島,長崎の両被爆地はもとより,日本の反戦活動も,日本が唯一の被爆地だという主張や,日本の庶民は多くは消極的,あるいは強制的に参加させられた戦争によって、甚大な被害を被ったという前提で反戦や反核の主張を訴えてきたが,その主張が海外で広く受け入れられてきたとはいいがたい。

戦争について,自分の所の方がより被害が甚大だ,自分の所に受けた攻撃手段こそ優先して無くすべきだという主張は,道理がそれぞれの主張にあったとしても、感情としては受け入れがたいものがあるだろう。

行うべき行動は,被害者同士の注目のとりあいではなく,被害者同士—戦争の被害者は,国境を越えて広がっている—の連帯と,被害の深刻さ・悲惨さを知らない無邪気な人たちや,高みに居て得てして戦争を仕掛けようとする政治家・軍人を説得するための情報や感情の共有ではないだろうか。

日本とアジアの戦後の連帯は、経済的な援助にたよった打算的な関係と,経済成長をいち早く成し遂げた日本への憧憬を主流とし,両者の戦争被害者としての感情はすれ違いのまま終わってきたように思う。それが,この南京での取り組みのような勇気ある行動の積み重ねによって,ようやく新しい時代を迎えつつあると感じる。

[日誌]チベット鉄道プロジェクトで税金逃れ発覚

チベット鉄道建設プロジェクト中,偽明細書の金額は1.28億元(リンク先は中国語のサイト)だそうです。このプロジェクトは日本の新幹線建設のような国策プロジェクト(正確にはチベット鉄道プロジェクトの一部の西宁グルム複線化工事の監査の話)ですが,今回の事件は砂や石の購買記録から見つかったもので,税金逃れ目的と見られています。

中国には日本の消費税のような付加価値税があり,取引毎に税額を明記した明細書が発行されます(これを発票ファーピャオといいます)。今回は,税務所の証明を偽造し,資材業者が税金逃れをした模様。このニュースサイトに記述されている当該工事の総投資額は105億元ですから,支払われたお金の1%以上の部分で税額分が闇に消えていったようです。

ま,日本でも高度経済成長期に建設された山陽新幹線では粗悪コンクリートがはがれ落ちる事故が相次ぎ,品質の悪いコンクリート材料が大量に使われていたことが判明していますので,どっちもどっちという気がしますが。

[日記]黄砂とともにやってきた

本日午後はJETROセミナーに参加,中国人弁護士から,中国撤退戦略の話を聞いた。

JETROとは日本政府の外郭団体,日本貿易振興会のことで,日本企業が海外投資や貿易をする際に支援してくれる組織である。

つい先日までは第三次中国投資ブームだとかで,猫も杓子も中国投資に沸いていたのが,いまはチャイナリスクだとかで,中国はもうだめだとか,今はベトナムだ,インドだなどとかまびすしい。

もっとも,中国語どころか,英語も使えない人がそういうことを言っていると,ついつい反論したくなる。日常的にニュースをおっかけていると,中国が危険とも,成長するとも,どちらでもいえるし,その材料もいくらもある。根っからの反骨精神を持つというわけではないのだが,ついつい別の視点を提供したくなる。

JETROは,今回のセミナーを開くに当たっては撤退を推奨しているのではないと強調していたが,事実としては,撤退したくてどうしたらいいかわからず,困っている日本企業が多いのだろう。だが逆に,撤退に到らないために,あるいはスムーズに撤退するために,進出時に何を準備しておくべきかという視点で今回の講義を聴くと,自分のような楽観派にとってもまた大いに有意義な講演となる。

表題のことばは,セミナー講師の中国人弁護士が日本語の講演で冒頭に述べたジョークである。自分もこれくらい,外国語を使いこなしてみたいものだ。

[日誌]中国の高齢化問題

中国が高齢化問題をどうするのか,関心を持って日々現地のニュースを見ているが,日本と同様,未だ決め手となる解決策を見出していないようである。

先進国の中では唯一アメリカだけが移民の受入数の調整によって人口構成のバランスを保っているが,中国は人口の絶対数が多すぎて,真似はできない。農村部などの一人っ子政策の緩和が考えられ,実際にそういう動きもあるが,都市化が急速に進む中,農村部の人工が減少に向かって行くとしたら,効果は薄いのだろう。

なぜこんな話を書いているかというと,一つは上海の戸籍制度の改革が行われるというニュースを読んだから。そしてもう一つは普段から,先進国が若年労働者を途上国から受け入れていった場合の両国経済や社会に与える影響が気になっているから。

上海の戸籍制度改革の内容については改めてまとめて見たいと思っている。