1999年の夏,またまた南イタリアのナポリ近郊でトマト加工品の生産に関わることになりました。ここでは,1998年同様知人宛にメールなどで配信した近況報告などを掲載します。
第5の手紙まで転載しました。(99/12/22)
目次
- 蕃茄通信99予告編その1--京都にて(99/03/20)
- 蕃茄通信99予告編その2--海外出張体調維持法(99/04/04)
- イタリアトマト通信 第 1の手紙(99/08/08)
- イタリアトマト通信 第 2の手紙(99/08/11)
- イタリアトマト通信 第 3の手紙(1999/08/16)
- イタリアトマト通信 第 4の手紙(1999/08/20)
- イタリアトマト通信 第 5の手紙(1999/08/23)
蕃茄通信99予告編その1--京都にて(99/03/20)
イタリアトマト通信98をお読みいただいていた皆様こんにちは。99年の夏もイタリアへいってこいという話になりましたので,予告編をお送りいたします。
今回はPさん:イタリア人の技術者と、Sさん:イタリア駐在の先輩と3人で一緒に京都に行ったお話です。
1 週間ほど前、本社から連絡が入り、PさんとSさんが日本に来るよということで、先週の土曜日、観光旅行に一日くっついて回ることにしました。Pさんは日本 には来たことがなかったはずですし、現地ではずいぶん親切にしていただいたので、会いに行くのがとても待ち遠しかったです(Pさんは中年の男性ですが(^^) )
当 日の京都は小雨がぱらつくあいにくのお天気ではありましたが、二条城、金閣寺、三十三間堂、清水寺と、いわゆる修学旅行コース(そっかぁ、もう20年も前 だ...)。懐かしいところ、おや、こんなんだったっけというようなところ、発見と懐古の楽しみに加えて、PさんとSさんの漫才のような会話(南イタリア のノリをすっかり私は忘れてました(^^)。いきなり濃ゆい大阪の下町の市場にでも入り込んだような雰囲気を想像していただけます?がおもしろいやらで、あっというまに過ぎた楽しい一日でした。
残 念だったのは、あ、これは知っていたのにとか、どっかで聞いたことがあるぞといったことがらを思い出せなくて説明できなかったことが結構多かったこと、そ れにイタリア語の語学力がまだまだで、先方が聞いてくる内容は理解できるのに伝えたいことがいえなかったりでもどかしかったことの二つです。一年前くらい に営業最前線に配属された人から、トマト製品の営業について、業界用語を知らなかったり製品情報を知らなかったりと知らないことばかりでお客様の質問に答 えられなくてくやしいなんてことをお聞きしましたが、この日の私はまさにそんな感じでした。
一番印象に残ったのは、最後に訪 ねた清水寺の境内の中にある山道で、土を踏み締めながら林の中を歩いたことでした(なんだかとってもほっとした)。寺社建築や仏像など見るのは久し振り だったので、うきうきしながら---三十三間堂では閉堂時刻を告げる案内に追っかけられながら---いろいろ本や写真でしか見たことがなかった姿形、意匠 を楽しむことができておもしろかったですが、どうも多少緊張していたのでしょう。最後にまわったのが清水寺ということもあって、ゆれる木立から眺め下ろす 京都の街並み---最近ではすっかり白い街になってしまって大いに興ざめではあるのですが---を背景に濡れけぶる景色というものはやはり木の文化はいい ものだと感心させられるものがありました。何といっても自然の中は解放感があります。
ではとりあえず(かなりおそくなりましたが)ご報告まで。(って、いつのまにかずいぶんイタリアとは関係ない話になっちゃってますが(^^;;)
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
蕃茄通信99予告編その2--海外出張体調維持法(99/04/04)
イタリアトマト通信99読者の皆様、こんにちは。編輯長の魚野でございます。
一 昨年8月〜9月、昨年8月〜9月と2ヶ月間南イタリアのトマト缶詰づくりに立ち会ってきましたが、99年の夏もバカンス気分のヨーロッパに汗だく仕事にゆ くことになりました。今年は技術担当の新しいヨーロッパ駐在員が増え、前回お伝えしたイタリア人技師のPさんも加わり、ますます賑やかな出張になりそうで す。
去年のトマト通信でも書きましたが、海外の仕事は心身ともハードな状況に陥りやすいものです。うっかりしてると時差ぼけ 1週間、油断から風邪を引いて1週間、もう帰るんだと焦って1週間、まるまるつぶしてしまいかねません。遊びにきてホテルでうんうんうなっていても、後か ら思い出して笑い話にするだけで済んでしまいますが、仕事となるとそうもいっていられません。
というわけで、今回はかんぽでぃぺっしぇ流海外出張の体調維持法の紹介です。
- 1)薬物に頼る
- 気休めにしかならないけど、睡眠薬(メラトニン)を使ってます。日本では薬局には売られていない薬です。松果体ホルモンだとかで、時差ぼけにきくとか、老化を防ぐとかで一時期騒がれた薬です。でも私の場合、お茶/紅茶をがぶがぶ飲むので、効き目がないかも
(--;。- 2)文字に頼る
- 文 庫本を、重い思いをして持参します。去年は土佐日記や古事記など、古典を持ってゆきました---そうそう、去年のトマト通信#9-4の「たつなみ」の和歌 は手許にあった土佐日記からひっぱってきたものです。眠れない夜は本、これは日本でそういう習慣のある人におすすめ。興奮しない、穏やかな内容のもので薄 い文庫を選んでね。
- 3)荷物に頼る
- それでなくても普段から持ち歩く物の多い小生、海外出張とも なると不安になってついつい多めにいろいろ持ち歩きがちでしたが、これがいけない。移動で疲れ果ててしまうのです。とりまわしでもたもたしていると同行の 人たちもいらいらするし、紛失盗難の危険度も高まります。最近はせいぜいごく小さなスーツケース(スチュワーデスさんがもってるようなやつ)とショルダー バック一つ程度にとどめております。
- 4)ラジオに頼る
- BBCとか、NHKとか、とにかく信頼がおける短波の国際 放送は緊急時でなくても聞いているとほっとします。しかし東京の朝の番組を全世界に垂れ流しってのは手抜きじゃないかい、NHKさん。何が悲しくて東京の 交通渋滞情報をバカンスでうかれている人たちの中で聞かなきゃいけないんだろう(ToT)
- 5)景色に頼る
- 新聞、街の看板、電車の時刻表、雑誌、...とにかく知識を総動員して興味をまわりに持つ。上司のH部長に同行して真冬の中国大陸を電車/車を乗り継いでニンジン探して三千里の旅をしたとき、教えられました。これをすると夜はくたびれて自然に寝られるかも。
- 6)電話に頼る
- 98 年に持参したのは社内の通信システムに繋がらないパソコンだったので、仕事はほとんど降ってこない、こちらから情報は気軽に発信できるという、実に理想的 な環境(^^)でした。今年はこの手は通じないかな?でも社内メールを転送する手段を見つけたので、今年は社内メールだけの人からも気軽にメールをいただ けそうです。あ、もちろん、インターネット経由も大歓迎です!!
頼りたいけど頼れないもの/頼っちゃいけないもの
- 1)電話に頼る2
- 98 年は1度だけ、私用で電話したなぁ...。帰国が延びましたという連絡を教会に入れただけ。今年は1つになる姪に電話でもしてやろうかな。国際電話代が高 いという問題よりも、電話するという習慣が日本でもなかったので、未だに国内で電話しててもどきどきしながら(何を話そうかと考えながら)しどろもどろ電 話してます
/(^^;- 2)薬物に頼る2
- インド/カルカッタのマザーテレサの手伝いをしにいってた時に泊まっていた宿(一泊200円)の前の通りは本物の麻薬を売ってました(もちろん闇商売)。こわ
(^^;;。
みなさんの旅行中の体調維持法はどんなものですか?
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
イタリアトマト通信 第1の手紙(99/08/08)

ビエトリの町の前に広がる地中海
皆様、お元気でいらっしゃいますか?
イタリア通信を今年も発行します。ということは、そう、3年目のイタリアトマト缶詰製造立会で、南イタリアはナポリ南方約50kmのホテルにやって参りました。おなじみの町,ビエトリ・スル・マーレ(海の上の真珠)を見下ろしつつ,この手紙を書いています。
今 年からトマト通信をお送りしている方々にご説明いたしますと,魚野は2年前から夏の2ヶ月間をイタリアで過ごしており,その時々,気が向いたときにこうし て気の向くままにこちらの生活の一こまや,人々の生活,出張同行者らと話したことなどを皆様にお送りしてきました。というと,遊びに来ているように思われ るかもしれませんが,(信じてもらいづらいというのは重々承知ですが)これがまたやっかいだけど楽しい仕事をしに来ています。
何 をしているのかというと,日本向けにイタリアのトマト缶詰をつくっている工場をあちこち訪問し,イタリア人相手に工場を掃除してくれだの,出てきた製品を 1時間毎に検味するだのしているんです。「俺たちのトマトは世界一だ,どうだ,うまいだろう!がっはっは!」と始終自慢する人たちを前にして時にはご機嫌 をとりながら,時には4カ国語で苦情を一方的に喋り立てながら,楽しくも苦しい毎日を送っています。昨年も書きましたが,自分の能力をめいっぱい使ってす る仕事(品質管理・語学・トマト工業・缶詰製造・衛生工学・輸出入・地理...)と生活ですので,やはり充実感に満ちあふれた出張であることは間違いない ですね。
3年目、通算5ヶ月目に入った南イタリア生活,言葉の面でも何とか先方のいっていることが理解できるようになり,こ ちらのいいたいこともどうやらこうやら表現できるようになってきたので,今年の立会は順調な原料事情にも支えられて随分楽になったような気がします。時間 的・肉体的にはこれまでと比べて条件が悪くなってきましたが(立会工場が更に増えてしまいました...),品質・調達とも責任者が南イタリアにいてくれる ようになりましたので,この面でも気持ちの張りつめ方が少し楽になったようです。
ビエトリの町は,相変わらずです。レンガ色 の屋根が続く景色,日本を出立するときに見た風にそよぐ稲,緑色のビロードの絨毯がうごめくのとは対照的なコンパクトで立体的な景色が広がっています。昨 年の8月よりはずいぶんと涼しいようで,日差しは強いものの,さわやかな風が吹いていたりして,ホテルのテラスから見下ろすと,まるで一幅の絵はがきを見 ているようです。1刻毎に教会の鐘が鳴り,のどかな時間が流れているのだなぁとほっとするひとときです。
盛夏の折,皆様ご健勝でお過ごしください。
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
1999/08/08 16:17
カンポ・ディ・ペッシェ in Italy
イタリアトマト通信 第2の手紙(99/08/11)
1999/08/11 0:29
皆様
久 しぶりにイタリアトマト通信をお送りいたします。そろそろ当地はバカンスまっただ中。滞在しているビエトリ・スル・マーレという町は、観光地として(観光 名所があるわけではなく、きれいな景色と海辺があるという場所なのですが)割と有名なところだそうで、今朝からは高速道路の出入り口が渋滞で30分ほどか からないと町に出入りできません。丁度逆方向なので、私たち出張組は反対車線のうかれた車の列を横目にみつつ(彼らは彼らで、日本人ばかり乗っている車に 相当な興味を持っていて目でおっかけてきます)、工場に向かう日日です。
昨晩はスカルパリエッロ(ナポリ近辺の言葉ですか ら、ホントはシュカリパリエッロ)を1年ぶりに食べてきました。去年から市場に出回っているプチトマトの缶ラベルに作り方がでているスパゲッティです。 うーん、プチトマトを口の中でつぶすとぷちゅっとでてくるトマトの旨み。なんだか上海あたりの小龍包と似た感じでうれしいなぁ(^^)
そろそろ午前4時。いい加減疲れたので寝ます。ここ2・3日、ちょっと南イタリアのどろどろとした世界に触れて、頭を抱えているカンポでした。
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
イタリアトマト通信 第3の手紙(1999/08/16)

どうも皆様,こんにちは。またまた夜中の2時にこんなメールを書いています。暇じゃぁないんで菅,こんなことでも書いてストレス発散しないとやってらんない(^^;
エ コノミーで15時間以上押し込められるのはたまんないというわけで,今回は早朝TCATに乗り込んで,非常口前席を確保。フライトアテンダントと差し向か いの場所なので,離着陸でのおしゃべりに加えて足を伸ばせるのがこの席のポイントです。成田=ローマをやり残しの仕事をこなしつつ(気分だけはエグゼク ティブ?エグゼクティブは仕事をやり残したりしないか...(--;),ローマ・フミチノ空港に21時着。あれれ?迎えの人らしい人がいない...あいかわらずのどたばたで99年イタリアトマト缶詰製造立会出張は始まるのでした。
先 週は日中40℃を越える暑さの中を、エアコンなしの車で一日中あっちへいったりこっちへ行ったりの日々。窓を開けて手を出すと、お湯の中に手をつっこんで いるような暑さでした。聞いたところによるとこちらは記録的な暑さだそうで、場所によっては45℃を越えるような暑さのところもあったみたいです。エン ツォ,来年こそはエアコンのついた車を買ってくれー。
今のところ、原料は順調に入荷しているんですが、相変わらずの南イタリ アトマト産業、グリスがこってり機械についていたり、冷却水が真っ白だったりで、毎日イタリア人と喧嘩のような日々を送っています。中にはこちらに出して くるサンプルに細工をするような輩もいて,それを発見したときの脱力感といったらなかったです(感情的になっていると同僚から指摘されてしまいました。自 分では感情は抑えていたつもりだったんですが,やはりよほど悔しかったのでしょう,態度がつっけんどんになってました)。
で もまぁ、今年はトマトの当たり年なのかな。トマト通信暑中見舞いバージョンでも書きましたけど、8月第1週に作ったトマト製品はどこも旨みが多くておいし い製品ができています。いつもはあんまりおいしくないどでかいC工場のダイストマトも今年は悪い味はしないのがうれしいですね。
もっ とも先週はどこの工場も原料は一時的に悪くなってました。特に原料にあまり気を使わない工場で見かけるトマトは日焼け果(=部分黄色果)や過熟果(=つぶ れ果)が多く,こんなんでいい缶詰ができるのかと心配になります。早生(わせ)の晩期の収穫が今頃なのですが,ここ1週間の熱波でめちゃくちゃ強い日光に さらされたのがよくなかったみたいです。

日 光といえば,先日の日食,皆さんごらんになりました?当日,私は家族経営のA社に行っていたんですが,原料責任者や生産責任者(日本でいえば部長さん?) が溶接用の保護面を持ち出してきて盛んに見ろ見ろと勧めました。あんたらちゃんと工場管理してよ........と思う反面,やはり勧められるままに日食 を見てはしゃいでしまうのは,まだ甘いかな?(^^;ま,コミュニケーションが重要な仕事ということで,大目に見てください(^^;
そういえば,初年度は月食があって,こっちの駐在のSさんと,月を見ながら月食が起こる仕組みをいろいろディスカッションしてました。いやぁー,余裕があったんだなぁ...(^^;)。結局天球モデルで無理矢理説明づけてしまいましたが,これってイタリア的?
今 日の当地のニュースはフェラゴスト(聖母昇天祭)にまつわるバカンスニュース一色でした。高速道路の渋滞だの,浜辺に寝そべるお姉ちゃんたちだの,バーベ キューのおいしい作り方だの,あぁうらやましひ...あいかわらずビエトリの町は,夜中の11時近くでも幼稚園児や小学生が飛び跳ねて遊んでいます。町中 の人が広場にぞろぞろとあつまっておしゃべりに興じるのは,きっとローマ時代の昔からある習慣なんでしょうねぇ。
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
1999/08/16 1:54
イタリアトマト通信 第4の手紙(1999/08/20)
皆様,こんにちは。
今回は,イタリアのトマトとは直接関係ない話になってしまいますが,会社をやめる予定ってどういうことっていうご質問を今までにいくつかいただきましたので,その背景を。
現 在の勤め先での奉職は,1991年4月に始まりましたので,そろそろ8年と5ヶ月になります。日本で生活していて職業生活(とくに会社員生活)をするのは だいたい20代から60代の40年でしょうか。私の場合,南京に留学(遊び(^^;?)に行っていたり,浪人していたりで,社会人生活は25才で始まりま したから,現在の日本の一般的な会社での定年(55〜65)までの30〜40年を「仕事」をして生活することになると思うんですね。
もともと学生時代に考えていたぼんやりとした人生設計の中では,大雑把に職業生活を10年X3とみて,第1期:社会人(会社員生活),第2期:国際公務員 (国連職員)またはボランティア,第3期:宣教に携わることというように考えておりました。将来牧師でもすることになるなら,日本人の大多数を占める会社 員の生活を経験をしておいた方がいいだろう,海外での生活も,中国での留学生活が楽しかっただけにやはりもう一度してみたい,その上で海外宣教もよし,日 本で教会を支えるもよしと思っていたわけです。
職業人生三分の計という大枠は今もその通りなのですが,当初のもくろみとは多 少違ってきた部分もあります。例えば,第3期の宣教に専念という腹づもりは,自分の信仰そのものを組立直ししつつある時だけに,今は何ともいえない(信仰 をすてるつもりは全くないのだけれど,組立直しができないことにはそれを他の人に語ることには踏み切れない,でも組立直しをじっくり考える・感じ取る,そ んな余裕もない)というのが正直なところです。あるいは,国連職員という話にしても,調べてみると遅くとも35才くらいまでには専門分野で大学院卒業が必 要だということでしたから,これも路線変更を迫られてはいたんです。
現時点では,次の10年のためには中小企業診断士の資格 を取ろうと思っています---丁度トマト出張の季節と試験の季節が重なるので,イタリア長期出張をとるか資格取得を優先するかというのは悩ましい問題です が。中小企業診断士というのは,国が認める唯一のコンサルタントの資格試験。これに受かれば仕事があるってわけではないけど、自分の実力を測る目安にはな るということで取得を目指しています。
診断士の資格を取ろうと思ったきっかけは4年前の冬休みにさかのぼります。生活や仕事 に行き詰まり感を強く感じていたので,思い立って(いろいろおっぽり出して)インド放浪の旅を2週間ばかりしてきました。最初の内はうまくいかない人付き 合いや、当時の仕事に対する興味の低下などを,どうしてだろう,どうしたらうまく解決できるんだろうとばかり考えていて,まわりの異国的な景色など全然目 に入りませんでした。
でも,ジャイプールという町の郊外の古城でちょろちょろする小猿をみながら,あるいはカルカッタの町で 目の前で死んで行く人を看取りながら、ああ、自分の生活は自分が決めるんだなぁと強く思ったのです。やりたいことを中心にしながら生きていっても,何とか なる(神さまがなんとかしてくれる)んじゃないかって。
* インド旅行の大義名分の一つは,カルカッタのマザーテレサのところでボランティアを経験することでした。ガイドブックに出ていた,路上で死を迎える人々を 看取るという活動を,ボランティアにも手伝わせてくれるという一文をたよりに,どこに事務所があるかも知らずにカルカッタの街に飛び込んでいったのです。 当時車椅子で礼拝に出ていた本人が,一昨年,天に召されたというニュースを当地で聞いて,感慨深く思い出していました。
それに,さんざんカルカッタの街をさまよった後,疲れ切って宿に戻ったとたんのボランティアの人たち*と の出会いも,あるいはカルカッタの街の人々やボランティアの人たちがおかれていた状況(日本人だけが他の様々な国の人たちと分れていたり,朝ご飯を食べに 行くだけだと言いながらも毎朝の礼拝に参加する人たち)をもみるにつけ,こういうところは世界各地に沢山あるんだ,自分はそういうところでは必要とされて いるんだ,やるべきことはあるんだ,やるべき事に携わったときは必要なものは与えられるんだ....と,もう一度強く確信したのです。やっぱり10年で会 社員生活は区切りをつけようと決意したのもこの時です。
そして帰国した直後に入った本屋でたまたま足が止まった本棚が資格の コーナーでした。そこにはずらっと中小企業診断士の取得ガイドや問題集が2段ほど並んでいました。瞬間的にこれだ!と思ったんですね。人のためになる仕 事,自分一人でもできる仕事(顧客は必要でしょうけど(^^;)),今までの職業生活とそこそこ連続性のある仕事,...そうだ,セールスポイントは海外 と関係のある品質管理にすればいいんじゃないかってね。
半ば冗談,半ば本気で,今回のような海外季節労働(夏だけのトマトな どの長期立会出張とか)を,今の勤め先の下請けの形でやりますよとたまに周りに話をしているんですが,どうなることでしょう。いつも書いているように自分 の能力を出し切るという意味では日本と海外を結ぶ品質管理がらみの仕事というのは大変魅力的です。異なる国の間のギャップをいろいろ苦しみつつも面白く感 じてきただけに,そのギャップを楽しめない人たちよりも長持ちするのでは,あるいはお互いのためになるのではないかと思っています。
気 をつけなければならないのは2点。激しい仕事が多くなることが予想できるだけに,体力維持を慎重にしないと,どんどん意気消沈していった東京時代の二の舞 にならないよう注意しなければならないこと,もうひとつは,特に東京時代やここイタリアみたいに海外業務に携わる人たち,スマートに仕事をこなす人たち (もちろん皆さんすごく苦労して仕事されていますが,やはり仕事を組み立てる発想がとてもスマート)に囲まれて仕事をしていて,自分も仕事がスマートにで きるようになったんじゃないかって勘違いしないこと。
で,まとめると,結局今は10年会社員、10年海外と関係する人・会社を相手にコンサルタントをやろうって思ってます。その次の10年は未定。当面は自分一人生きていることができればなんでもいいんですけどね。
この話を当地で同僚に話しをしたら,その人生設計の中に結婚は入っていないのかと鋭いつっこみをいれられてしまいました(^^;。人付き合いが下手なのはあいかわらずですから,もう少し修行をしてからですね(^^;。
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
1999/08/20 6:43
イタリアトマト通信 第5の手紙(1999/08/23)
皆様,こんにちは。またしても夜中にごそごそとこの手紙を書いております。
当 地は緯度では青森あたりに相当する場所ですが、一時期の酷暑がやや一段落し、近頃は朝晩は多少過ごしやすくなりました。今晩は月光がおだやかな海の上に光 の道をつくり、かぐや姫の出迎えもかくやといった光景が見下ろせます。名古屋は雷雨というメールもいただきましたが、こちらでも朝晩霧がでるようになりま した。そろそろ夏も後半、晩期(おくて)のトマトが週末あたりから入荷し始めるような雰囲気です。
とはいっても日中の暑さは相変わらず35℃を越え、かてて加えて蒸気がどんどん出ている工場内で白衣を着こんで歩き回っていると、汗びっしょり。これが私たちトマト缶詰立会出張者の地中海式ダイエットでしょうか(^^;
工 場といえば日本の工場を見慣れた方は清潔で整然と機械が並んでいるところを想像される方もいらっしゃると思いますが、当地南イタリアのトマト工場はといえ ば屋根があるだけで充填機も外気とつーつー、上半身裸のおじさんが仕事をしていたりします。ひどい工場では床に飛び散ったトマトやジュースにハエがよって きてこれが食品工場かというところもあるようです。訪問先の工場では私たち出張者が何とかの一つ覚えのように「プリーレ、プリーレ、プリーレ(掃除して、 掃除して、掃除して)」と言っているのでまだ少ない方なのですが、ちょっと目を離すともう大変。生産中は毎日の訪問が欠かせません。でも顔を見せるとその 度に、元気か!?カフェ飲むか!?今晩一緒にピザ喰いに行くか!?イタリア人の彼女はできたか!?と聞いてくる素朴で陽気な人たちとのつきあいの楽しさ、 想像できます?
だんだんこういう生活に慣れてくると、日本に帰るのが本当にいやになります。いや確かに不便なんですよ。エレ ベータは誰かが乗っていたら別の階で呼んでも止まってくれません。おまけに、いっぺんに一つの階しか行けないので、ボタンを押し遅れると別の階で呼ばれて 変なところに行ってしまうこともしばしば。年に一度はやられるエレベータ内の閉じこめも、今年はいつあるかとびくびくしていないこともないのです が...。それに仕事となると、頼み事がスムーズに運ばないことも多く、あれもこれもと頼むことができません。忘れられないように一つづつ順番にお願いし ていかないといけないし、頼むにしてもこつがあるみたいです。つぼを押さえないで要求ばかりしていると、「かかかいかっつを」などと悪態をつかれます(ビ ジネスだから,買い手という威光を借りれば当然やってはくれますけどね)。でもうまくおだてるとぽんぽん仕事が弾むんです。
機 械も人も、開放的、機械も人も、いっぺんに一つのことしかできないイタリアでの生活も半分を過ぎました。同僚は疲れ気味の人が多く、一人だけ元気なのが申 し訳ないくらいですが、相変わらず小生は毎日の仕事を楽しんでおります。まだまだ残暑が厳しいと思いますが、皆様お元気で。
追記 第1の手紙の「ビエトリ・スル・マーレ」の意味を間違えていました。
ビ エトリはガラス玉(ビードロと同じ語源)です。要は小さな街の光が、山に囲まれて海との境にぽこっと見えるのでこのような名前が付いたとにらんでおりま す。ちなみに真珠はペルラ(Perla)。日本で出回っているイタリアトマト缶詰(勤め先とは別の会社の製品ですが(^^;)に、La Perlaというブランドがありますね。The 真珠という意味でございます。余談おしまい。
ではでは・ありべでるち・つぁいちぇん(^^)/~
1999/08/23 22:14
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・今日一番難しかった通訳=ここの工場はなぜ金属探知器を設置しているの?
・そりや金属探知のため。でも質問者はもっと深い意味を聞きたいのだそうで
・趣味でやってるイタリア語、通訳じゃないんだからそんな難しい質問は...
・できる範囲の協力は惜しみませんが考えて質問してほしいと思う今日この頃
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