再び南紀に出張に出かけてきた。農商工案件のサポートのためである。本日の感想は,南紀は美味しいものが多い,このことにつきる。
2009 年 3 月 のアーカイブ
[日誌]再び南紀へ
2009 年 3 月 27 日 金曜日[日記]南紀へ行ってきた
2009 年 3 月 26 日 木曜日昨日は南紀に出張に出かけてきた。事業者さんや連携拠点の方とお会いし,農商工の案件になりそうな案件について,ヒアリングをしたり,挨拶まわりをしてきたのだ。
いずれも今すぐにというものではなく,一年とか二年以内にというくらいの話になりそうだが,実際に認定されればとても意義があり,地域の活性化や刺激になりそうな案件だった。
いつも思うのだが,農商工に限らず国の認定事業に挑戦しようという事業者さんは前向きの人が多い。地域活性化事業に関わることの面白さは,こうした前向きの人たちと多く関われ,支援できることだ。
明後日はもう一度,三重に出張に出かける。いい出会いを期待したい。
[日記]おくりびとを観てきた
2009 年 3 月 21 日 土曜日昨日は知人と映画を観に三好まで出かけてきた。おめあてはアカデミー賞外国語映画賞受賞のおくりびと。たまたま1000円デーだったようで,朝一番に間に合うように行ったのだが,結局は昼一番の上映を観ることになった。
映画を観た直後の感想は,奥さん,できすぎ。
広末涼子演じる妻の姿は,黙って耐えて夫についていくという古い日本女性の考え方,行動を具現化したもの。自分だったらああいった人生の困難に当たったら,夫婦としてもっといろいろ互いにきちんと話しをながら物事を一緒に決めていきたいし,パートナーとして自分なりの意見を言ってもらい,こちらの考えも聞いてもらいたい。すべてを,何も聞かないで受け入れるというのは,どうも違和感を感じた。
もうひとつ。白鳥の映像がたびたび使われるのだが,これもあまりに,何かを象徴していますよという場面としての使われ方で,少年少女向けの漫画やテレビ番組を見ているような感覚を覚えた。
もっとも,納棺の所作は美しいし,東北の自然や葬儀の様子もものめずらしく,自分なりに楽しんできた。同行の知人は,友人が感動したというので期待していたが,それほどではなかったとのこと。聞いてみると,友人というのは来日二年目の人とのことで,外国人受けするだろうなぁという感想も,それほど的外れではないみたい。
この知人とは,6月に京劇,覇王別姫を一緒に見に行く。どんな意見交換ができるか,今から楽しみである。
[日記]山の中で
2009 年 3 月 20 日 金曜日先日,とある地方の山奥へ行ってきた。農商工連携の現地視察で,事業者さんの活動を現地で確認するためである。
すでにウグイスが鳴いており,山桜も満開になっていた。まるで一足先に春まっさかりといった様子で,仕事なのにこんなにいい気持ちになっていいのかしらんと。
もっとも,山間地域はいずこもここのところ地域経済がおもわしくなく,この地域でも例外ではない。加えて東海地方は山間部においてさえ豊田ショックの影響があり,仕事が少なくなって困っているところも多いとのこと。
そんな状況においても農商工連携にとりくむ事業者さんがいるということは,心強いこと。補助金頼みの活性化ではなく,自力で活路を切り開いていく知恵と勇気に,こちらもエネルギーをもらえる。
[日誌]全員合格
2009 年 3 月 18 日 水曜日教え子たちが先月受験した販売士三級に全員無事合格したとのこと。受け持った全員が受かったのは,これで2回目。うれしいものです。
これまで全員合格から全員受験せずまでいろいろありましたが,結局は指導する側ではなく,本人たちがいかにやる気をもって挑戦してくれるかにかかっています。こちらとしては興味をもってもらったり,自信をつけてもらったりすることを,数少ない授業時間を通じて働きかけるのみ。
[日記]黄砂とともにやってきた
2009 年 3 月 17 日 火曜日本日午後はJETROセミナーに参加,中国人弁護士から,中国撤退戦略の話を聞いた。
JETROとは日本政府の外郭団体,日本貿易振興会のことで,日本企業が海外投資や貿易をする際に支援してくれる組織である。
つい先日までは第三次中国投資ブームだとかで,猫も杓子も中国投資に沸いていたのが,いまはチャイナリスクだとかで,中国はもうだめだとか,今はベトナムだ,インドだなどとかまびすしい。
もっとも,中国語どころか,英語も使えない人がそういうことを言っていると,ついつい反論したくなる。日常的にニュースをおっかけていると,中国が危険とも,成長するとも,どちらでもいえるし,その材料もいくらもある。根っからの反骨精神を持つというわけではないのだが,ついつい別の視点を提供したくなる。
JETROは,今回のセミナーを開くに当たっては撤退を推奨しているのではないと強調していたが,事実としては,撤退したくてどうしたらいいかわからず,困っている日本企業が多いのだろう。だが逆に,撤退に到らないために,あるいはスムーズに撤退するために,進出時に何を準備しておくべきかという視点で今回の講義を聴くと,自分のような楽観派にとってもまた大いに有意義な講演となる。
表題のことばは,セミナー講師の中国人弁護士が日本語の講演で冒頭に述べたジョークである。自分もこれくらい,外国語を使いこなしてみたいものだ。
[日誌]卒業おめでとう
2009 年 3 月 11 日 水曜日本日,多くの教え子が巣立っていった。厳しい経済情勢など,とりまく環境は大変な状況ではあるが,それはいつの時代でも生涯に何度かは必ずあり得ること。自分自身で納得できる人生を,送ってほしい。
毎度のことであるが,卒業していく学生たちにはエールを送りたい。授けきれなかった知識も知恵も経験もたくさんあるけれど,君たち自身は一人一人,かけがえのない人であるということは,いろんな機会を通じて伝えようと努めてきた。学生から,自分たちを否定する言葉がないのがうれしかったという言葉をもらった。よく,気づいてくれたと思う。
しかし,社会に出れば,人間関係でつらい場面もあるだろうし,給与や仕事の進め方などあらゆる面で,納得のいかない場面にも遭遇するかもしれない。傷つけられる言葉や態度もとられることもあろう。庇護される立場から競争する立場へと,置かれる場所はがらりと変わる。世の中は理不尽なことだらけなのだ。自由な社会とは,自分を受け入れてもらう代わりに,相手をも受け入れなければならない。それが衝突したとき,自分がひっこむか,規範をもって領分を平和的な手段であらそうか,しなければならない。そんなとき,普段から規範を守ったり,周囲の人に配慮した行動をとっていたりすれば,より多くの人たちが応援してくれる。情けは人のためならずなのだ。
必ずしも希望がすべてかなえられることはないとしたとき,納得できる生き方とは何だろうか。何をすれば,満足できるのであろうか。自分の主張をすべて押し通したときだろうか。あるいは,自分の思いを押し殺し,相手が満足する顔を見られたときだろうか。それとも,互いの主張をしつくした上で,おたがいに満足のいく道を見いだし,そこに踏み出したときだろうか。
本当の納得や満足は,結果の当否や多寡ではなく,自分の力を出し切ったときに生まれる。それぞれの持つよさ,強み,知恵と勇気を,周囲の人と一緒によりよい社会を作り出すことに使っていってほしい。
卒業おめでとう。そして,卒業はできなかったけれど,もう一度挑戦しようという気持ちを出してくれた君も含めて,応援している。幸多かれ。
[日記]第三の開国
2009 年 3 月 9 日 月曜日日経新聞の領空侵犯コラムで治安悪化の懸念を理由に日本が移民政策を取ることに反対する意見が掲載されていた。そういう懸念があることはもっともなことと思うが,そこで何となく議論がとまってしまうのは残念だ。明治維新,敗戦占領による改革に並ぶ,三回目の改革,開国が求められている。
昨日,たまたまそのことについて知人と議論をした。個人的には移民受け入れは不可避だと思うし,それを進めることで異文化に寛容で,もう少し論理的なコミュニケーションができるような社会を作ることは,今後五十年,百年と資源のない日本が国際社会で名誉ある地位を得て活躍するための条件だと思う。この点で二人の意見は一致した。
実際,今の日本の状況はどうかというと,中小企業であっても海外につながっている企業は多いし,地方では嫁不足による国際結婚も多くなっている。また,東京での国際結婚率も高い。
ただ,そうはいっても,外国人の犯す犯罪は目につくし,これから経済規模の縮小が避けられない中,鬱屈を排外的な感情でしか表現できない輩も多くなるかもしれない。
必要な条件は,一つには政治の変革だと思っている。政権交代がある社会になることは,日本の社会を大きく変え,価値観の多様化に寛容になることだろう。ようやくこれは実現,定着しそうな雰囲気である。
もう一つ,これは隣の大国,中国とロシアが安定した社会を維持すること。これは,日本の影響力が行使できない面もあるのでよりハードルは高くなるが,市井では市民レベルの交流を活発にするという方策をとれないことはない。幸いなことに,自発的な活動も多い。
自分達でどうしようもない部分と,変えられる,あるいは変えるべき点を分け,限られた資源を目標実現のために集中投資してぶれずに進むという戦略が,低成長の日本では個人も国レベルでも求められている。
[日誌]中国の高齢化問題
2009 年 3 月 8 日 日曜日中国が高齢化問題をどうするのか,関心を持って日々現地のニュースを見ているが,日本と同様,未だ決め手となる解決策を見出していないようである。
先進国の中では唯一アメリカだけが移民の受入数の調整によって人口構成のバランスを保っているが,中国は人口の絶対数が多すぎて,真似はできない。農村部などの一人っ子政策の緩和が考えられ,実際にそういう動きもあるが,都市化が急速に進む中,農村部の人工が減少に向かって行くとしたら,効果は薄いのだろう。
なぜこんな話を書いているかというと,一つは上海の戸籍制度の改革が行われるというニュースを読んだから。そしてもう一つは普段から,先進国が若年労働者を途上国から受け入れていった場合の両国経済や社会に与える影響が気になっているから。
上海の戸籍制度改革の内容については改めてまとめて見たいと思っている。




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