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大井町のフリッティーニ

2001 年 5 月 25 日 金曜日

曇天

iBook2の発売開始。運良く,CD-ROM版を予約無しで入手できた。

元同僚のO氏と夕食に大井町のイタリア料理屋へ。ここはイタリアのお客さんと来たことがある。今日はマスターが店の表まで出てきて,盛んにいろいろ勧めてき た。フリッティーニが出てきたが,冷めている。残念。O氏は4月の異動で,今までのイタリア関係の仕事から経営企画の仕事へ。近況を互いに報告。これで, 東京時代の海外調達関連業務の同僚・上司メンバーのほとんどが入れ替わったことになる。

帰途,NPO法人理事のK氏に遇見。

2001 年 5 月 1 日 火曜日

モスバーガーで食べた新製品,豆バーガ,一口目にイタリアの味がして,とても懐かしくなった。今年は退職のため,夏の南イタリアを訪ねることもできない。残念。

Apple が今晩,何か発表しているはずなのだが,今のところ何も情報を入手できない(新しいiBookが含まれているとか,直営店が発表されるとか,いくつかうわさは聞いているのだが)。株主優待で早めに知らせるとか,安く入手できるといった制度があるといいのだけれどね。

イタリアからの客人

2001 年 2 月 4 日 日曜日

今日はイタリアからのお客様と東京観光。商社の人と一緒にこの二人の賓客と,鑑真展,自転車屋,輸出モデル電化製品屋をめぐり,最後に銀座のピザ屋へと。今年もイタリアの夏に来てくれと嬉しい要請も何度もあったが,6月に退職するのでおそらくはお目にかかれないだろうと,話す。今の勤め先がアルバイトか委託で雇ってくれれば,お互いによいのだろうが,これは退職する側から言い出すべきではないかなと,今のところ期待していない。この二人とともに仕事をすることで,いや,初年度よりお世話になっているローマ駐在の先輩とともに仕事をすることで,大変勉強になったことは紛れも無い事実。お礼を仕事で返すことができず,心残りである。

イタリア出張同窓会

2001 年 1 月 16 日 火曜日

イタリア出張にかかわる同僚・取引先の出張者,そして私の3人で焼き肉を食べに御徒町までいってきました。

イタリアの夏も(あらゆる知識を総動員するわけですから)おもしろいので,ぜひ続けたいという気持ちがありますが,一方であの人数の中で同僚に気を使いながら,いわれたことを中心にやるというかなりストレスの溜まる仕事をまたすることを考えると,退職してよかったのではないかという心持ちとのせめぎあいで す。

夏だけイタリアにアルバイトという方策も,勤め先としては通年で技術者を雇う必要が無いというメリットはあると思いますが,そこまで今の勤め先に甘えるのもなんだかなという思いです。同僚らの反発を買いそうということもありますしね。今年はやはり勉強に集中するつもりです。

せっかく覚えたイタリア語ですので,何らかの形で生かすことができればなとは思いますが,今は中国語に集中するとき(東京時代には一人で商談してくるくらいの度胸はあったのですが… 失敗続きではありましたけれども…今はほんとに言葉を忘れちゃいましたから),日中に関わる企業の手伝いをするなどという大それたことをするにはかなり怪しいレベルです。感情表現をできるくらいにはなりたいと思います。

晴れ

2000 年 8 月 26 日 土曜日

18時10分着陸。蒸し暑い。

そのまま寝苦しくて眠れず,徹夜。明け方,名大元学長の飯島宗一氏の内村鑑三に関する講演をラジオに聞き入る。飯島氏は名大の退官講演を名古屋・鶴舞の名大医学部の講義室にもぐりこんで見て以来である。飯島氏と内村を結び付けて考えたことはなかったので意外だった。

内容は「後世への最大遺物」の紹介。

晴れ

2000 年 8 月 25 日 金曜日

12時55分,ナポリ空港発。13時10分パリ・オライリー空港着。シャルル・ド・ゴール空港にバスで移動。理髪。まだ出発時間まで4時間以上ある…。

と思っていたらなんと中東の某国に出張していた同僚に声をかけられる。ちょうど東京に帰国する途上とのこと。もっとも,彼とは同じ飛行機なのだが,先方はビジネスクラス,当方はエコノミー,しかも最後列のいわゆる団体客扱い席。もちろん本社に勤めるこの同僚に責は無く,先方もクラスの違いを聞いて恐縮していたが,あれだけイタリアで一生懸命やっていてもこういう待遇の差を目の前に突きつけられると,いつでも平常心を保つ自己修養というのが本当に自分のためにも会社のためにもいいのだろうかと疑問に思えてくる。

というわけでひたすらパリー成田間は寝ることにした。

晴れ

2000 年 8 月 24 日 木曜日

明日の帰国を控えて一日ほぼ寝て過ごす。今週は精神的に復調してきたが,肉体的な疲労は溜まってきている様子。

勤め先の同僚らによる壮行会を除いて,無感動(国内出張と同様の意識)に日本を出国,イタリアで日々過 ごしてきたが,もう次回は無いんじゃなかろうかと今年は思った。会社は同期のUという適材を見つけ,自分個人としては10年の社会人生活の節目を迎えた。イタリア側が魚野の再来をと言ってくれているうちに辞めるほうが,一種よい引き時かも知れぬ。

帰国したら家には帰らず,妹の所に遊びに行くことにしようと思っている。

上天気

2000 年 8 月 19 日 土曜日

終日,数量・日報整理。

引き続き蒸し暑い

2000 年 8 月 18 日 金曜日

一時帰国した同僚の再帰国が決まる。少しだけ私のイタリア滞在が延びる様子。同僚の帰国理由が彼にとっては悲しい事情によるものではあるし,私情をはさまず仕事をすべきなのだろうが,できることならこのままシーズン終了まで居たいのだが。

終日,検味。

蒸し暑い

2000 年 8 月 17 日 木曜日

終日,検味。夕刻,同僚らが現れる。

当地の事情や仕事の進め方をある程度把握し,イタリア語もかなり読み書きできるようになったこともあって,この夏は一人で放っておかれることが多い。一年目もそんな風だったし,別に誰かと話しながら仕事をしたいというわけではない。借りたい時には電話を借りて,本社から来ている同僚や当地の駐在員には連絡を取ることもできる。ただ,いつ迎えが来るか分からないのに工場に居させてもらうことは,あまり居心地のいいものでもない。彼らもシーズン真っ最中は一年間の利益の源泉だから一生懸命働くし,いくら日常会話程度なら話が通じるとはいえ,顧客となる会社の社員と何でもかでも話せるわけではないだろう。

そういうわけで,時々工場の作業現場を見に行っては気を紛らわせ,品質管理・検査担当者たちとあぁだこうだと品質状況,生産状況,衛生管理状況を話題にして情報収集に努め,サンプルの検味を行い,記録を取る。やれやれ。いつまでも続けられる仕事ではないなぁ。

妹より,男児無事出産との知らせ。おめでとう。帰国したらすぐ見に行ってやるよ。