香港の現状に思うこと

Why Civil Resistance Works 表紙

香港との接点

1987年から1988年にかけて,南京大学に語学留学していた冬休み,上海から船路で香港を訪ねた。鄧小平の南巡講話はすでにされていたが,経済発展の端緒についたばかり。翌年には天安門事件が起こるというタイミングである。19世紀末とあまり変わらないであろう生活スタイル,電力の節約で暗い中国大陸から,いきなりきらびやかな自由経済の旗手,東西混淆の香港にたどり着き,彼我の違いに目を見開きながら楽しんできた。

その後,就職して後も国際調達担当の業務で単独で新疆ウイグル自治区や山東省,河北省,江蘇省,福建省と訪れ,東京からの直行空路がふさがっているときは,啓徳空港からバスで市内を移動して境界を越える鉄道に乗り換えて広州へ往き,そこからまた空路で中国国内へと移動したこともある。また,食品会社を離れてからも,支援先の事業者さんや支援仲間と,あるいは単独で,視察や商談・出展・販売支援,観光にと随分足を運び,ときには密貿易の現場を覗きに行ったり,早朝の食品市場をめぐってみたり,いきあたりばったりでたどり着いた海岸で昼寝をしたりと,たびたび香港にはお世話になってきた。

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揺れる香港と過去の記憶

その香港が,今,揺れている。

一国二制度の形骸化を懸念しつつ,それでも独自の立ち位置にある香港は,海外旅行や食品輸出,海外展示会出展,商談の入門編として,手頃な場所であった。LCCが飛び始め,当初は大阪から発って深夜に到着するような強行軍をやってみたりしたが,ほどなく中部国際空港からも便利な時間帯に新たな路線が開設され,旅券とクレジットカード,スマホさえ持っていれば,当日思い立ってその日の夕方には香港などということもできるようになった。英語や中国語が通じ,社会秩序が安定しているという安心感があった。

一方で,銅鑼湾の書店主が行方不明になったり,愛国教育ー大陸では歴史・道徳教育的な位置づけーの延長として讒謗律のような法令が制定されるなど,耳目を集めるニュースが続いていた。

そして雨傘運動が起こり,民主派の立候補規制がかかるなど,揺れ動きが続いてきた。

今回,半年近くになる抗議活動が続いている。北京での騒動を,南京から戻ったばかりの頃,まだインターネットでニュースや動画が駆け巡るなどと思いもよらなかった頃,限られた情報を見つめていた。一介の学生としてやれることは限られていた。その頃の記憶につい意識が向き,暗い結末を迎える懸念が頭を離れない。

社会政治運動の成功率と香港の特殊な位置

ここに,20世紀100年間+アルファの期間の各種政治運動を分析した研究結果をまとめた本がある。

Book

・非暴力運動のほうが暴力行為中心の運動よりも成功率が2倍以上高い
・運動の参加率がピーク時で3.5%を超えると成功率が飛躍的に高まる

Why Civil Resistance Works 表紙
“Why Civil Resistance Works” Columbia University Press, SBN: 9780231527484

という研究成果が記載されている。香港の人口は約700万人。3.5%というと,約25万人だ。主催者発表では200万人を超える(警察発表でも30万人を越える)参加があったデモが複数回すでに起こっている。過去のデータから得られた知見からすれば,この運動は少なくとも香港域内では成功する確率が高いといえそうだ。

もっとも,香港は中国の一地域という位置づけである。大陸での香港情勢に関する情報流通はかなり統制がかかっており,関心も高くない。中国自体が変わるには,総人口12億人(未登録者も多いので13億人以上というのが実態だろうが)の3.5%という数字を使えば4,200万人以上が動くことが指標となる。年々変動しているが,香港への入境者人数は年間約4,000万人。大陸から7割として,年間2,800万人が香港を訪れていることになる。もちろん,生活費が安い大陸に住み,越境して勤務する人も多く,現時点では大陸から香港への観光を大幅に制限しているようなので,直接,香港の今を見聞きしている大陸の人達の人数は現時点ではかなり限られるだろう。それゆえ,上記の数に達して大陸側も変わるという可能性は,全く0とはおもわないし,一国二制度が維持される50年間の間に融合的な動きが起こってほしいとは思うが,今の所そこまでの広がりはない。また,運動もそうした目標を持っているとはいえず,今回の五大要求は表面的にはあくまで香港域内での政府の変化を要求している。もちろん,行政長官が北京の了承がなければ辞任もできないように,香港の統治・政策は中国共産党の意志が大いに関わるので,間接的には大陸政府の変化を狙っていることになるが,

ともかくも

自分は社会問題の専門家ではないし,中国語も北京語はともかく広東語は片言程度しか話せないので,もっぱら個人的関心,業務上の必要から香港に関心を持ち続け,時折訪問しているわけだが,馴染みがあり,また訪れたい場所といえば間違いなくその筆頭候補の一つである。また,中国が世界と協調して平和裏に,経済のみならず,政治や社会も発展してほしく,またその変化を見続けたい。アジアのみならず,世界の行く末を決める大きな要因の一つが,中国のありかたであり,その重要な因子として,香港,台湾や,中国国内の民族・人権・政治の変化は,目が離せないでいる。

評論的なものはさておき,上記の研究結果を知るにつけ,また,暴力は慎むべきという個人的に信条からしても,軸となる人達には非暴力という志向を持ってほしい。暴力装置の介入は,そこで生活している人々の大きな不幸を招くだけでなく,世界的な経済の大混乱や,人材の喪失に至る。これを防ぎつつ,理想とは行かないにしても一歩でもより望ましい社会をより少ない不幸で実現するには,知恵と理性と戦略とをもち,周囲の共感を引き起こせる行動をしなければならない。市民側からすれば,警察や社会インフラ機構は攻撃対象ではなく,説得対象ではないだろうか。また,行政側からすれば,市民活動を力づくで抑え込もうとするほど,運動が過激になり,みすみす外部からの介入を許すことになりかねない。攻撃による反作用を燃料に活動活力を維持することは,双方いずれにとっても安直で愚かな手法である。

希望を持ち続けたい。

重陽節の夕べに来し方を振り返りつつ

菊の花

2012/04/19 の魚野のつぶやき

  • 文献を渉猟していて異文化適応力診断テストを発見。やはりあるものですね。-> ICAPS 18:45:02, 2012-04-19
  • 主張のための主張,国内権力闘争の道具のいずれかあるいは両方では。RT @srisri03: 中国ホント不思議な国。こんなリゾート建てる土地わんさかあるのに何故他国の土地欲しいのか? RT @kuono 上海の近郊にできるという新しいホテル。http://t.co/LLtDwixp 20:01:15, 2012-04-19
  • 本日の駅構内読書はアサーション入門。自己点検方法や鍛錬法,支える理論などが新書らしく簡潔にまとまっている。基本的にはできていると思うが,その背景にある考え方を知る事ができた点がよかった。 23:52:05, 2012-04-19

平和教育とディベート能力

早めの仕事納めののち,知人の紹介で,数年前に独立された元某メーカー生産技術の技術者さんにお会いし,話を伺ってきた。中国にからんだビジネスに関心があるとのことで,特に日本の技術を活かしたい中国企業と日本の企業のマッチングに興味があるとのこと。今すぐどうこうというわけではないが,そんなニーズを持ちそうな企業も知らぬわけではなし,また,今の仕事から次のステージに移るときにも何かしら協力できるのかも。

で,その後,仲介してくれた中国人留学生といつものように中国語と日本語をまぜこぜにした討論会兼食事会。

  • [留学生] 日本社会が集団主義であることから,社会全体が特定の方向にながされやすい傾向があるという感触を持っており,隣国に対する嫌悪感を募らせる危険があるのでは。
  • [魚野 ] 日本の学校教育での平和教育や報道などでの平和重視の姿勢が徹底している現状,第二次世界大戦の記憶が未だ色濃く人々に残っている現状では,戦争という極限状態にまで至る可能性は低いと思う。
  • [留学生] 日本の学校教育では平和教育が普及しているのは承知しているが,残虐さ,悲惨さを避けるために戦争という手段をとるべきでないという論旨は感情論である。一方で,戦争は利害調整の究極の形であり,戦争を避ける手段として,人々が利害調整を話し合いで行うスキルを見につけることが望ましいが,日本ではそのような教育は行われていないのでは。
  • [魚野 ] 戦争とは利害調整の手段だという捉え方だと,戦争を考える上で,大きな利益のために小さな利益は捨てるべきという考えに行き着く可能性があり,それは平等や平和という観点から好ましくないのでは。
  • [魚野 ] また,話し合いによる調整の教育は,主にホームルーム活動という場で行われており,重視されているはず。ただし,日本では社会に出るといきなり上下関係で人間関係や仕事の上での思考を捉えるよう強制的に切り替えさせられ,合理的な意見を採用する(Win-Winの関係を築く)という解決方法がとられない傾向が非常に強かった。従い,ビジネスパーソンや官僚,学者などをのぞき,一般の人々にはディベートの能力の訓練の機会がほとんどなかった。
  • [留学生] ホームルーム活動というのは初めて知った。今後,調べてみたい。

といったような塩梅で,金山駅近くの食堂でラーメンを食べながら延々と議論をしておりました。

平和構築には人々のディベート能力が大切という指摘は,自分にとっては新鮮でした。

[日記]広島・長崎・日本が取り組むべき事

朝日新聞の報道によれば,南京の虐殺記念館で日本の漫画家が自身の戦争体験を描いた「私の八月十五日展」が開催され,連日多くの人が訪れているという。アニメ・マンガ分野での日本の知名度を活かし,南京という日本の加害が色濃く記憶に残されている地域で開催したという点で,よく工夫された良い取り組みだと思う。

従来,広島,長崎の両被爆地はもとより,日本の反戦活動も,日本が唯一の被爆地だという主張や,日本の庶民は多くは消極的,あるいは強制的に参加させられた戦争によって、甚大な被害を被ったという前提で反戦や反核の主張を訴えてきたが,その主張が海外で広く受け入れられてきたとはいいがたい。

戦争について,自分の所の方がより被害が甚大だ,自分の所に受けた攻撃手段こそ優先して無くすべきだという主張は,道理がそれぞれの主張にあったとしても、感情としては受け入れがたいものがあるだろう。

行うべき行動は,被害者同士の注目のとりあいではなく,被害者同士—戦争の被害者は,国境を越えて広がっている—の連帯と,被害の深刻さ・悲惨さを知らない無邪気な人たちや,高みに居て得てして戦争を仕掛けようとする政治家・軍人を説得するための情報や感情の共有ではないだろうか。

日本とアジアの戦後の連帯は、経済的な援助にたよった打算的な関係と,経済成長をいち早く成し遂げた日本への憧憬を主流とし,両者の戦争被害者としての感情はすれ違いのまま終わってきたように思う。それが,この南京での取り組みのような勇気ある行動の積み重ねによって,ようやく新しい時代を迎えつつあると感じる。

[日記]ウルムチでの争乱

中国・新疆ウィグル地域で民族対立や公権力による暴力的な取り締まり対応がひどくなっている事を憂慮している。ウルムチは会社勤めをしていた頃に何度も訪れた場所であり,そんなところで力の論理が幅をきかせている事は,残念きわまりない。

この地域は,以前から紛争の種だった。私がよく訪れた頃は地下核実験以外の話題はなく,治安の面で不安は目立たなかった。が,後任者は爆弾テロやデモがある中で出張をせざるを得ず,気の毒な事であった。だが,訪問者の不安はさておき,地元の人たちの不安や怒りも相当のものだろう。

中国の指導部は様々な面で和諧ということばを強調している。これは,多民族国家であり,価値観の多様化が今後ますます進む中国では,必要な事だろうし,重要な事でもあろう。

ところが,その和諧を促したいはずの当の為政者側が武器を使って強権的な取り締まりをしているのだから,話はおかしくなる。伝え聞くところでは,デモ隊に向かって直接発砲が行われたとの事で,天安門事件の時と,対応は変わっていない。

また,報道のあり方も,あいかわらずだ。漢民族の被害だけを強調するような報道を流し続けるような媒体しか活動を許されない状況は,戦前の日本やかつての中国,ソ連と同じく,国の存続を危うくする要因となり得よう。

理想論では統治はうまくいかないということをさしひいても,現在の新疆ウィグル地域の情勢は憂慮すべきものがある。

[日記]同じ理屈が通じる?

殺人事件の時効の成立した後に自首した男に対して被害者の親族が損害賠償を請求する民事訴訟で,最高裁判所が支払命令を不服とした男の上告を棄却したという報道があった(判決全文)。この判決自体はなるほどと思うのだが,だとすると戦前戦中の強制労働や徴用の最中に亡くなった人たちへの補償を排除してき続けたのはどうなの?と思う。

殺人犯が遺体を隠してしまったために親族が被害者が亡くなったことを知ることができなかった中で損害賠償を得ることができない一方で,刑事責任については時効が成立して問えないというのでは公平を欠くということのようだ。

戦前,戦中は朝鮮半島や中国など日本の支配地から,労働者としてずいぶん多くの人が強制的に日本に連れてこられたはず。わけもわからず日本に連れてこられて過酷な環境から死に至った人々の親族からの様々な請求について,日本の裁判所は国同士で決着がついているからと,ずっと拒んできている。先方の家族からすれば生死も長年わからず,国交が回復したりして長い時間をかけ,ようやく行方がわかったというのに,関係者はいずれも責任を問われなかったりしているのは,納得がいかないことだろう。

法律の専門家からすればまったく違うといわれるのかもしれないが,素人感覚でいえば,同じ理屈が通じるのではないかと思ってしまう。

[日記]豚インフル続報

先ほど,WHOが新型インフルエンザについて,現在の警戒状態の格付けをフェーズ4にあげた。しっかりした情報源の情報をつかんで,合理的に対処することが大切だ。

メキシコでの感染死亡者が拡大している。のみならず,メキシコからの帰国者を中心に,各国に感染が広がっているようだ。人の移動を制限し始めるフェーズ4に警戒レベルが引き上げられたということは,経済にも少なからず,影響が出てくるだろう。

いいかげんな情報に惑わされず,おちついて対応したい。症状が出ていたり,感染させる疑いがある期間は一週間程度とみられているそうだ。慎重に感染をおさえこめば,短期間で収束する可能性もあろう。厚生労働省などの発表する情報で,1)準備しておくこと,2)現在起こっていること,3)今後起こると予想されること,の三点を理解しておくことが重要だ。

[日記]非招待の飛翔体

先ほど飛翔体が発射されたとのこと。関係者の方々には最大限この機会を活かしきってほしいと思います。

今回の事態,日本政府にとっては警戒システムの訓練ができたり,閉塞感の強い六カ国協議だけでなく安保理での議題にのせる理由付けになったりと,活用できる要因がたくさんできました。人工衛星という理由付けからして第二弾はないでしょうし,懸念された部品落下などによる被害も今のところなかったばかりか,ブースターロケットがどうやら予定通りの地点に落ちなかったらしい—つまり技術的にはまだ問題点が存在するらしい—など,予測された中では日本にとってはかなりよい筋書に沿って事態は進んだようです

危機感をあおって自分たちの有利な状況を作り出そうとする相手の戦略にのる必要性は薄いでしょうし,事態をエスカレートさせても日本が得る利益は少ないでしょうから,あまり騒ぐのもいかがなものかと思いますが,この点,戦前の軍部と違い,自衛隊関係者はやるべきことを粛々と進めているようで,評価したいと思います。アメリカはすでにイラクとアフガンあたりで相当軍事力や外交資源を投入していますから,できれば北朝鮮と現時点ではことを構えたくないはず。北朝鮮側もこれを見越した動きなのでしょう。

中国ウォッチャーとしては,今後の中国の動きに注目したいと思います。

想いが通じなくとも

アフガニスタンからペシャワール会というNPO団体で活動し,現地のゲリラに襲撃された伊藤さんが無言の帰国をした。遺族や関係者の方々にお悔やみを申し述べたい。自らの理想をおしつけること無く,ともに生きる,人々のために生きることを実践し,現地の人々に慕われてきたのに,自らの主張を実現させるための道具として扱われ,命を奪われるに至ったこと,誠に理不尽で,やりきれない思いである。現地の治安が悪化しているとのことで,残っていた他の数少ない支援活動組織の外国人職員,参加者の現地引き上げがあいついでいるとのこと。想いがつたわらないもどかしさ,自らの力では変えようも無い国際紛争の構造に,携わってきた方々の無念の想いも強いであろう。

どんなに崇高な理念での活動であっても,その想いが通じないこともある。歴史上繰り返されてきたことではあるのだが,同時代の出来事として受け入れるのはなかなか難しい。安全確保や事業の実現,理念の理解を得るためにできうる限りのことをしつつ,時には最善を尽くしたことをせめてもの慰めに,現実を受け入れざるを得ない。

海外に関わることは,楽しみも多いが,苦しみも多い。互いに理解しあえたときのよろこびや,対立を乗り越えて何かを実現したときのよろこびは至上のものだが,ボタンの掛け違いや,自分たちの考えや理想こそが唯一の正しいものという考えがあると,対立は深刻になる。時には,最も悲しい結末を避けるために,自分たちの主張を呑み込むこともある。より大きな理想を実現するためになら,引くというのも苦渋の選択の一つとなろう。

ペシャワール会をはじめとして今回一時的撤退を余儀なくされた人たちは,現地での活動を何らかの形で,例えば現地スタッフを中心にするなどして続けるとしている。常に理想のために,関係者の尊厳を尊重しつつベストを尽くすという姿勢を見習いたい。