近況

晴れ時々曇り

知人宅2軒を回り,インターネット接続環境の設定。1軒は無線LAN環境の設定,1軒は支払い方法の設定なども。午後,こどもたちと遊ぶ。

引き続き組織開発の教科書的文書の翻訳。

今日から岐阜大学の学祭。誘われてもいることだし,せっかく近いのだから,明日見に行こうと思っている。

組織開発の教科書を翻訳中

知人のブロードバンド環境+無線LAN環境導入のため,明日は名古屋出張。ざっと無線LANの設定項目などを調べた。

引き続き組織開発の教科書的文書の翻訳。

アラスカへ旅立つI君

昨日,この冬初めての関ヶ原からの雪雲がやってきた。今日も太陽が出ている間は暖かいものの、朝晩は冷え込む。つい先日までなかなか涼しくならないと思っていたが、なんだかいきなり冬に近付いたようである。季節のめぐりは早いものだ。

夜半、姫路の知人に電話。まもなくアラスカに出発とのことで、激励。彼の場合はCPA資格取得を目指しており、その経歴も一風変わっている。もともとは教会関係の知り合いなのだが、共通の知人がいた(彼の学生時代の知人が私の元の勤め先の同期)という偶然の一致もあった。

何はともあれ、I兄の健闘を祈る。

TOEIC受験

本日TOEIC受験。終了時間を勘違いしていたため,最後の10問に取り組めなかった。これは前回の得点には到底およびもつかないかも。発表は約2週間後。

帰宅後,職務経歴書作成。

久しぶりに中国餃子

 お昼過ぎ,知人の中国人留学生から電話がある。日本舞踊の発表会に父親を連れていってくれないかという頼み。市民会館に同行。日本語は読むことはできるが話すことはできないとかねて聞いていたのでできるだけ中国語を使うようにしたが,あまりすらすらとでてこず,あせって文法がめちゃくちゃになる。まぁゆっくり落ち着いて話しなさいと慰められる。使わないと本当に語学力はさびつくものである。

 発表会の冒頭,自民党の国会議員が二人も舞台挨拶。一人はこの発表会を主催した会の後援会みたいなことをやっているらしい。この会は土産物付きで催されている。こんなことだから政治に金がかかるのだろうし,政策の勉強の時間がないという泣き言も漏れるのだろう。

 発表会そのものは最後の演目がちょっと面白かった—というのは,鏡文字を書いたり,口で書いたりといった意外な書を見せてくれた–ことを除いては,日本舞踊方面の知識に疎い私にとってはうまいのか,まずいのか,さっぱり分からない。これが文楽だとか,能・狂言であればもう少し評する言葉も出てくるのだが。

 ともかくも会の終了後,招きに応じて留学生宅にてご夫妻と3人で夕食。ご母堂の手作り餃子をごちそうになる。本当に久しぶりに本物の中国餃子を食べた。かの留学生がいつも,母親の作る餃子はおいしいといっていたが,確かにおいしい。そうこうするうちに本人もアルバイト先から戻り,4人でしばし歓談。おだやかな家庭の雰囲気を味わうことができ,なるほどこの夫婦にしてこの娘かと納得。10時過ぎ,辞す。

もうすぐTOEIC

明後日にTOEICを11年ぶりに受験する。前回はたしか630点くらいだったので,せめてそれくらいはとりたいです。でも英語を使う仕事からは随分遠ざかっているからなぁ。それにいいかげん,アルバイトもはじめなければ。診断士試験の発表が12月なので,あと1か月くらい,こんな不安定な時期が続く。でもこんなに短期のバイトってあるだろうか。肉体労働系や長時間のものは体力的に対応できないしなぁ。診断士事務所めぐりでもしていたほうがいいんだろうか。

インドのこどもたちの思い出

今日,NHKで新垣勉氏の出演する番組を見,懐かしい思いでその歌声を聞いた。新垣氏は生後すぐに助産婦のミスで失明,父母の離婚,育ての親の祖母との死別,自殺未遂を経て,讃美歌との出会い,牧師との出会い,ボイストレーナーの師との出会いを経験,歌うことに生きる意味を見いだし,人々を励ますメッセージを送り続けるテノール歌手である。何度か直接その歌声を聞く。

 私の場合,生きる意味を見いだした経験は何だろうか。いろいろなことの積み重ねであって劇的なものではないかもしれないけれど,あえて一つ選ぶとすればインドの鉄道の車中で3人のこどもたちと出会ったことだろう。もう何を話したか,記憶もかすかになってきたけれど,インドの将来のことや日本の折り紙の紹介をしたりして楽しい車中の時間を過ごしたこと,少女の髪を隠すベールが話に熱が入るにつれて次第に落ちていったこと,このことは抑圧されている女性たちの解放や大人としての成長を象徴しているようで,忘れられない印象的な出来事である。

この思い出についてはいつかまたきちんと書き残しておきたい。

ソリューションとしてのバザー

今日はのぞみ園で打ち合わせをし,こどもたちと遊んできた。いつも思うのだけれど,この園の職員の先生たちはこどもの思いを受け止めるということをごく自然にやっている。翻って自分を鑑みるに,子ども好きというだけで学生の頃から子どもたちや年下の少年たちの相手をしてきたけれど,必要以上に随分厳しい接し方をしていただろうと思う。ことに指導者をしていたころのスカウトの諸君には怒鳴ったことも多かったし,どちらかというと自分の価値観を伝えたいという思いが強かった。現役時代の団委員長だったK牧師が,君は教えることがうまいとほめてくれたことがあったけれど,教育・教術や人の心というものに興味を持って調べ,実地応用しはじめたのはおそらくあのことばがきっかけだったろう。まわりの人との関わりをすべて怖がって頑なだった私に対して,ほめられることでやる気が引き出されて変わっていくということを実例で教え示してくれた,懐かしい人である。

まもなく文化の日,そしてバザーがやってくる。教会・のぞみ園ではK姉や園児の父母,職員を中心に着々と準備が進んでいる。

日本はものがあふれる豊かな社会になってしまった。使わなくなったけれど捨てるには惜しいものをゆずりあうというバザーも,なかなか成立しにくくなっているといわれている。一方で,のぞみ園のバザーは卒園児やその父母と職員の再会の場であり,近所の人の楽しみであり,近隣のお店や施設の売り込みの場所であり,現園児やその父母の力の見せ所としてその魅力はいまも輝いている。経済学や会社の世界では,ものが豊かな時代にあって売るのは製品ではなく,ソリューション(ひとびとに役立つもの/考え方/仕組み)だと言われて久しい。のぞみ園のバザーも,単に不要品を交換する場というのではなく,出会いの場,表現の場,自己実現の場として存分に活用できているだろうか。

安倍官房副長官

安倍官房副長官が,拉致事件に関連して民主党の菅直人前幹事長、社民党の土井党首を名指しで批判して「極めてマヌケな議員」といったそうである。拉致事件の実行犯の一人とされる辛光洙容疑者が韓国で政治犯として収監されていたのだが、「(辛容疑者を含む政治犯の)釈放運動を起こし,盧泰愚政権に要望書を出した人たちがいる。それが土井たか子あるいは菅直人だ」とのたまったとのこと。「この二人はスパイで原さんを拉致した犯人を無罪放免にしろといって要望書を出したという極めてマヌケな議員なんです」,「昔から(拉致問題に)取り組んでいたかのように小泉さんの決断を批判する。私はちゃんちゃらおかしいと思う。彼らはまず、それを反省するべきではないか」といったというのだ。

ちゃんちゃらおかしいのは阿部さん,あなたのいっているロジックじゃぁないですか?

土井・菅両氏は韓国に多数の政治犯が収監されていることが問題だと考え,その釈放嘆願をした(事実)。当時,辛容疑者が,(拉致事件とは別件の)政治犯として収監されていた(事実)。辛容疑者は拉致事件の実行犯とされる容疑者だ(推定事実)。政治犯の釈放嘆願をしたというのは辛容疑者という特定個人の釈放嘆願をしたのと等価だ(ここで一般論と個別論のすりかえがおこなわれている)。だから土井・菅両氏は拉致事件容疑者をかばったも同じだ(詭弁から導いた歪んだ結論)。

こんな詭弁が国民にそのまま受け入れられると考えて平然と弄したというのなら,随分国民をばかにした話である。

風邪で寝込む

この3日間,風邪で引きこもっていた。仕事をしないで好きなことばかりやっていてもひくときはひくらしい。毎年2ー3回は寝込んでいた頃から比べたら随分な進歩ではあるけれど。

南京でおこった毒物混入事件の犯人とされる人物に,今日死刑が執行されたとのことである。風化しないうちに,情報をまとめておこうと思っている。