転換点


症状の一番ひどい時期はやはり昨日だったようで,朝方には咳やしゃっくりがひどかったものの,晩には薬やら栄養剤やらを購入するために外出する気力を回復してきた。昼間はずっと寝ていたが,どうやら名古屋は雷が長い時間鳴っていたようで,気温も低めであり,クーラーをほとんど使わずに済んだことも幸いしたようだ。過ぎてしまえば分かるのだが,昨日の朝が症状の転換点か。

転換点といえば,国のいろんな政策が今,転換点にある。なかでも私が関心を寄せているのは,外国人労働者の受け入れ問題。私個人としては,日本社会の一段の成長と活力の復活のため,多いに外国人労働者を受け入れるべきと考えているが,考えておかなければならない点も多い。

日本の国の政策は,表向きは依然として単純労働者受け入れ拒否が原則であるものの,看護・介護の分野の一部受け入れ開始決定が既に行われている。与党のプロジェクトチームでは,着々と外国人労働者の受け入れに関わる話し合いが進んでいるようだ。一方,民主党側の対応はと調べてみたが,一応研究はしているらしいものの,その成果は公にされていない。

ではなぜ外国人労働者の受け入れが問題となっているのだろうか。これは日本の予想される近未来に関係している。社会が極端に高齢化し,大幅な人口減少が近い将来確実に見込まれる中で,経済を維持するためには外国人の受け入れしかない。価値観が多様化し,封建的な集団主義から近代的な個人主義に転換しつつある日本では,国民にこどもの数を増やすことを強制できないからだ。働く人が少なくなると,消費活動を行う人が減り,税金を納める人が減る。これが,企業にとっても政府にとっても,一気に対応策の選択肢を狭める原因となる。人口減少に比例した経済の縮小均衡も選択肢の一つではあるが,それは極端な現役世代への負荷増大を伴うものであり,現実的ではない。

自分のところで人口・労働者人口を増やせないならば,外部から導入するしか方策が無いわけであるが,外国人労働者の受け入れが全てを解決するわけでもないし,実施上の懸念点も多くある。日本は近代化の中で,価値観的な広がりが狭い国であったが,価値観の受け入れという点で,これを頭から拒否したりして,互いに疎外感,疑心暗鬼を生まないかという懸念がある。実際,英国,フランス,ドイツ,イタリアなどいずれも貧しい若者が排外主義に安易に走り,悲惨な事件が時折発生している。民主主義,平等主義,個人主義の発信国である欧州先進国でこのような問題点が起こっているのは,人間の心の狭さの根深さを表している。ましてや日本においては,阪神淡路大震災などをきっかけに遅まきながら市民社会の到来を迎えようとはしているものの,同様の事件が発生する懸念は強い。折しも経済の構造転換の中で,ワーキングプア問題など若者の不満,不安が鬱積している時期に,安易に受け入れを決めても混乱が起こるだろう。

外国人労働者の受け入れは,単に経済施策の一つとして議論するのではなく,社会意識の改革を伴ったものとならなければならない。日本社会がこの難局を乗り切っていけるのか。興味深い問題である。