組織開発というテーマと最近の動向

昨日の診断士の研究会で,「組織開発」という述語が話題になった。Organization Development, 組織の生産性を高めたるための理論・技術ということになろうか。

90年台はじめ,食品会社の会社員として小集団活動の事務局を担当していた頃に組織開発とはなにか,何をすることか,などを調べてみたが,英語論文の文献くらいしかみあたらず,一生懸命翻訳しながら学んだ。当時は心理学を学んだこともなかったので,介入ということばが示す具体的な内容がわからず,途方に暮れたものだ。

最近の動向はどうなっているだろうと,アマゾンで「組織開発」というキーワードで検索した結果,そこそこの冊数が出てきた。書籍が増えてきた背景には,日本に限らず,民族的多文化化,職業的多文化化が進み,いずれの先進国のみならず,準先進国でも,個人への依存や一様性を前提とした組織運営の限界を迎える組織が多くなっていることが影響しているのであろう。また,組織開発を専門テーマとするコミュニティもあるようだ。

これまでの組織開発では,固定的な組織構成,中期に渡る同一テーマの追求が前提になっていたようだが,ITC革命・物流革命による社会変化の速さに対応するため,多くの地域や組織でチーム制,メーカーズ運動,起業推進といった新しい動きが見られる。こうした離合集散を繰り返すような組織では,もっと流動性に対応できる理論が求められるとのことで,古典的には「学習する組織」という本が,こうした変化に対応する組織づくりという点では早期の出版物であろう。

最近では,チーミングという概念に焦点を当てた「チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ 」という本も出されている。この本では,ずばり変化するチームに焦点を当て,高パフォーマンスを発揮するためのチームリーダー・チームメンバーが身に付けるべきスキルや,その取得方法についてが述べられている。

ご参考まで。

20150403 研究会に出席

本日は診断士仲間の研究会,グローバル・ビジネス研究会(旧国際ビジネス研究会)に出席してきました。昨年度から今年度にかけてのテーマは海外でのサービス業展開の支援。関係者である専門家の方2名,診断士仲間3名の計5名でビジネスアイディアについて,活発な議論が2時間繰り広げられました。

本日の段階ではこれまでの数回の議論を踏まえて固まってきた簡単なビジネスモデルについて,活用できる経営資源をどう利用するかというアイディア出しが行われました。参加した5名の背景がそれぞれかなり違うことから,それぞれの経験を踏まえた鋭い指摘がいくつも出され,議論が急速に深まり,事業の実現の見通しに対する印象も,ずいぶん良くなりました。また,参加者からも,たいへんよい議論だったとの感想が多くありました。

次回は連休明けの5月8日の開催を予定しています。

魚野のつぶやき アメリカの技術者とチャットで打ち合わせ終了。認識されなくなったSSDは3年保証の対象なので無償交換し…

アメリカの技術者とチャットで打ち合わせ終了。認識されなくなったSSDは3年保証の対象なので無償交換してくれるとのこと。今後、国際化が進むと顧客とのコミュニケーションがそれぞれの母国語でなくなることも多くなろう。そうすると、こういう簡便な対応のほうが、結局は経営上有利なんだろうな。

中国内陸部富裕層

昨日,貴州省貴陽市内のある中国人のお宅にお邪魔し,情報交換をしてきた。いろいろな人脈で10人以上集まって頂き,日本や日本産品に対するイメージや,生活感,仕事観などをヒアリングしたが,いずれも至って好意的,意欲的,前向きなもので,思わず日本国内の閉塞感や他責の態度・報道と比較してしまう。内陸部富裕層の実態の一部を報告したい。

中国内陸部の消費者や社会の現在を実感するため,現在貴州省という,中国でももっとも貧しい地域の一つの省都に滞在している。確かに,街中にはコンビニもカフェもなく,車の洗車はほとんどされていないし,人々の喫煙率も高い。先月滞在していた香港や,今回,途中で立ち寄った上海などと比べると,かなりの生活スタイルの違いを感じる。

しかし一方で,人口が300万人を超える都市で,水源が多く,電力が豊富な当地は経済発展が中国の中でももっとも高い地区の一つであり,80年代の留学時代に感じた社会主義中国という雰囲気はない。小さな商店にも物資があふれ,手持ち無沙汰でたむろしているような人々もまったく見かけない。

昨晩,当地のある企業経営者のお宅にお邪魔し,10人以上の当地の中国人に集まって頂き,様々な情報交換をしてきた。職業は企業経営者数名(幅広くいろいろな産業分野の会社を持つ人や,農業事業を手がけている人など様々)の他,公務員や教員,高級茶芸師といった,社会の中では成功者,ステータスの高い人とよばれる人たちで,自家用車を持っていたり,なかにはプール付きの別荘を持っている人もいる—今回のヒアリングはその別荘で行わせていただいた。

集まってきた人たち全員が,日本には好意的で,日本の産品に対しても強い信頼感がある。案内していただいた方の車は三菱系であるし,別荘の所有者は日本の食品や茶器,AVルームの音響機器など,日本製品をいろいろと見せてくれた。産品だけでなく,茶道文化や暮らし方など,日本訪問時の経験を踏まえながら,幅広い知識と思索,実践を経てのことのようだ。ただ単に品質やブランドに対する妄信的なあこがれというものではなく,かつての中国の文化が日本で咀嚼され,それが新しい刺激になって中国を活性化させている,またそれが日本にもよい影響を与え,プラスの循環を生み出しているなどといった,対等,謙虚,前向きな視点からの発言であった。

また,現在の日中関係が良くないことについても憂慮しており,民間での交流,経済の結びつきの強化がこうした問題の解決の一助になるだろうし,地理的にも離れられないもっと結びつきを強くすべきだという意見であった。

ホスト役の企業経営者のもてなしぶりも圧迫感がなく,気がきいたものであった。たまたま,ヒアリングの最中にぶどうをいただいていたのだが,こちらが手を拭くために自分のティッシュを取り出して吹いていたところ,招待者がさっと部屋の奥からボックスティッシュをとってきてテーブルに置いたり,お茶の話に話題が及ぶと,知人の茶館経営者や茶芸師を呼んで中国茶の手前を皆に披露させるなどし,普段の事業経営ぶりが伺え,これならば確かに経営している事業がいくつもあり,成功しているのも当然だろうという印象を与えるものであった。

残暑の厳しい名古屋と違い,当初は現在日中,気温がせいぜい27度くらいまでしかあがらず,屋外でも過ごしやすい。ヒアリングは邸内の屋外プール前のテラスで行われ,その後,庭にある別の建物で食事に招かれ,さらに場所を移して中国茶をいただいたが,おそらくこういったスタイルは,社会主義時代を除き,連綿と行われてきた中国の富裕層の社交の普通の姿なのだろう。1億人以上いるといわれる中国の富裕層の生活のほんの一端を垣間見ただけだが,国内でもっとも貧しいといわれる地域でもこのような生活様式があり,今後も何百年と,こうしたありかたが各地に存在するだろうという感慨をもって,館を後にした。

明日は,当地で行われている酒類展示会の様子を報告したい。

2012/04/13 の魚野のつぶやき

京都の事故に思うこと。自己管理をきちんとしている患者さんたちも大勢いる中,マスコミや匿名の発言者が一方的に特定の病気の持ち主を責めるのは,筋違い。特定の国が嫌いだという感情から出発して特定の民族学校やそこへ通う学生を誹謗中傷したり,暴力行為を働くのと同じく,極めて幼稚な行為。

posted at 18:45:06

自分のアイデンティティを所属する団体や国にしか求められない人たちは,他人を責めるときもそういう自分自身の暗黙の前提に気がついていないことが多い。それゆえに,家族ぐるみ,会社ぐるみでないの成人の行為やその結果について,家族を責めたり,所属会社を責めたりする。おかしいよね。

posted at 23:52:04

李忠成選手の平衡感覚

昨晩のサッカーアジア大会で日本は優勝を勝ち取った。決め手は,日本社会に育った在日コリアン4世の日本人選手,李忠成選手のゴールだった。

印象に残ったのは,李忠成選手のことばだ。インタビュー記事でまず入ってきたのは,『俺がヒーローになるんだ!』と自分に言い聞かせながら常に自分を信じ続けピッチに入ったという言葉だった。サッカーに限らず,自分自身を語る選手が日本社会のスポーツ界でだんだん増えてきているが,成果をあげたヒーロー,ヒロインが語る時,自分の力を信じ,集中したという表現は,まだまだ日本社会では珍しいことと思う。

こうした表現は,個人主義の色合いが濃い,アメリカや西ヨーロッパの社会ではよく聞く言葉で,日本人選手であっても,そうした世界で活躍する選手の台詞としてはよく聞く。一方,集団主義の風潮が色濃く残る日本社会では,まわりのおかげ,支えてくださった人たちに感謝という言葉がまず口をついて出てくることが多い。こうした,個人主義社会と集団主義社会の違いの研究成果を紹介した「選択の科学」(フィナンシャル・タイムズ紙が選んだ2010年のビジネス書ベスト6)においても,まさにこうした違いが紹介されている。

李忠成選手の公式ブログでは,報道された,自分の努力を表す表現と共に,まわりのおかげと感謝する言葉も並べられている。国籍を日本に移しながらも,おそらくは多くの苦労を味わった選手だからことできる配慮だろう。

国内市場が縮小する中,日本企業は海外という資源を活用せざるを得ない。その場合,かの地の文化を理解し,尊敬した上で,日本社会の特徴をも持つという平衡感覚が求められる。李忠成選手のような,国際感覚を持つならば,そうした荒波にも立ち向かっていける。

【参考】2011/3/9グローバル人財シンポジウム開催(留学生支援・活用の参考情報)

留学生支援・活用の参考情報です。

<情報源>
http://www.ajinzai-chubu.jp/info/show.php?id=47

■グローバル人財シンポジウム
経済産業省委託事業 アジア人財資金構想高度実践留学生育成事業
グローバル人財シンポジウム「グローバル時代の人材戦略を考える」

日  時: 平成23年3月9日(水)13:30~16:30(開場13:00)
会  場: ヒルトン名古屋  28階 One O Five
定  員: 120名(先着順・参加費無料)
主  催: 経済産業省中部経済産業局
企画・運営: 社団法人中部産業連盟
【開催概要】
13:30 開催挨拶  経済産業省中部経済産業局
13:35 留学生支援の狙い  社団法人中部産業連盟
13:50 基調講演 立命館APU国際経営学学部長 横山研治氏
14:50 休憩
14:55 企業事例発表 (株)ダイセキ環境ソリューション
15:25 企業事例発表 アサヒビール(株)
16:25 閉会挨拶

読書メモ 外国語で発想するための日本語レッスン

先日の研修で速読した外国語で発想するための日本語レッスンを今晩はもう一度じっくり読んでみた。文章を分析的に読み,解釈と批判を加えるという欧米的な読書技術を扱った本である。自分の日本社会での違和感の要因の一つを発見するという思わぬ拾い物に少し感動した。先日参加した研修は,フォトリーディングという速読法の講座で,教材として読みたい本を二冊持参せよとのことであった。講座では二日間の間にフォトリーディングやその他の速読技術を繰り返して実践し,身につけるというもので、勝間和代氏や神田昌典氏の名前と共によく人々の口の端に載るようになってきたあれだ。

冒頭で紹介した本はたまたま前日書店をぶらついていた時に目に止まった本で,来週行う自分が講師のコミュニケーション講座のネタ拾いのつもりで購入した。

前置きが長くなったが,著者は,日本の国語教育の特徴として正答のある問い,登場人物の感情を想像することなどを重視するのに対し,欧米は文章について分析をさせ,論理的に説明させることを重視していると指摘している。欧米の教育事情は知らないが、少なくともこの本で紹介する講義の展開を重ねれば,生徒の論理性はかなり伸びるのではないかと思わされた。

中国の人たちは一般に理屈をたたみかける話し方をするが,それは多民族から構成されるという要因と、科学主義を標榜した共産主義社会という雰囲気によって熟成されたのかと思っていたが、国語教育が欧米式という可能性もあるなと思う。

そういうわけで中国の国語教育について興味をかきたてられたが,あいにく今はそれについて情報を提供してくれたり、つっこんだ議論をする相手が思い当たらない。そのうち,現地に行った時にでも調査してこようと思う。

アイデンティティ・クライシス

王貞治さんのご母堂が亡くなられたとの報に接した。王選手(私にとっては王さんは王選手と呼ぶのがしっくりするので,以降こう書かせていただく)は,中国・浙江省出身の父親,富山市出身の母親のもと,東京の中国料理店の次男として育てられたと報じられているが,そのことについては,自分の記憶をさかのぼると,小学生時代の学習雑誌で伝記漫画を読んだことがあるのを覚えている。

当時,こどもむけの雑誌にはまったく触れられていなかったが,おそらくは差別や偏見など様々な苦労が本人や家族を含め,いろいろと悩んだのだと思う。王選手がハンク・アーロンのホームラン世界記録を抜いたときは,日米では野球場の広さが違うからそれほどの価値はないだとか,様々な貶めがあったのを記憶している。

日本に長く滞在する外国人在住者たちは,祖国の社会とのつながり,在住地の社会とのつながりも軋轢を伴ったものになりがちで,自分は何者なのか,ここで自分は受け入れられるのだろうかと,人知れず,様々な苦労や悩みがあるのだろうと思う。私自身は留学や業務での渡航で比較的海外滞在期間が長いとはいえ,短期間,せいぜい1年間の寄留者ということもあってか,生まれ育った故郷以外での生活というのは刺激に満ちて楽しく,仕事もやりがいのあるところというイメージが大部分を占めている。だから軽々しく,その気持,わかるよ,とは言えないが,言葉や世界の捉え方の違う人達に囲まれて過ごした経験のあるものとして,そうした人たちの思いを受け止める機会があるなら受け止めたいと思う。

一方で,アイデンティティ・クライシスと同じような状況は,仕事を進める上では同じ国の人・社会の中で過ごしていても,感じるのだなと思う。たまたまここしばらく,役所や関係機関,民間事業者,金融機関と,異なった立場の人達の異なった見解を思いもかけず知ることになり,調整をしていた。その中で気づいたのは,自分は日本の役所の人たちの発想,経営者の人たちの発想などを予測できていなかったという事実であり,また,仕事で上司や取引先から指導,指摘を受けるのは,一つにはこうした組織単位独特の発想の枠組み,パターンを伝承・理解する意味でもあるのだとも感じた。もしその組織に染まりきっていない状況で,あるいは自分の価値観を確立していない状況で厳しい指導や指摘を受け続けていったとしたら,周りがたとえ同じ言葉を話す人達といえども,外国人社会にいるのと同じような圧迫を感じるのではないか,それは,後ろ向きであれば,自分は何も役立たないのではないかという自己無力感に,あるいは前向きな問いとしては自分とは何者か,何をなすべきかという問いに,つながるのではないかと思う。

私はよく自分のことを在日日本人と称しているし,考え方も変わっていると自他共に認めるのだが,自分の考えを相手が理解しないと怒っていても物事は解決しないことを経験的に学び,相手と共存を図る方法はなんだろうか,相手がそう表現したり考える裏にある考え方の枠組みはなんだろうかと考えるようになった。そうすることで,自己効力感の無さは,解消していった。

こうした壁や困難を乗り越えるとき,その人に,成長がある。目の前に,そうして苦しんでいる人がいるとき,だから頑張れというつもりはない。信じている,あなたなら乗り越えられると。そういう思いで見守っている。王選手が母親をたたえた言葉,「力強く生きてくれたことは、息子として誇りです。」というコメントがこの記事に掲載されていた。表には出せない苦しさがあったことをうかがわせると共に,家族として支え合った幸せが滲み出ることばである。

[日記]特別公務員が憲法を知らない?

麻生さんが憲法9条に書いてある表現を盛り込んだ文章を読み間違えたことがニュースになっています。それもよりにもよって,戦没者追悼式の式文で。憲法は,政府が暴走しないように枠をはめる公法の代表格で,遵守義務は主に政府関係者が対象となっているはずですが,総理はこの部分,声に出して読んだことは無いのでしょうかね。