[日誌]本日の予定

午前:食の安全研究会発表資料準備
午後:ランチェスター戦略本読了
夕刻:食の安全研究会

[日記]覇王別姫

京劇観劇。知人の留学生と,覇王別姫を見に行ってきた。やはり,現場で見るのは迫力が違う。

以前,昆劇として野猪林をテレビ番組で見たことはあったが,個人的にはちょっとなじみのない水滸伝からとられた題材で、中国語もまだ初心者レベルだったこともあって,よくわからないという印象だった。

今回は違った。馴染みのある項羽と劉邦の物語。映画「覇王別姫」もどこかへの海外出張の際に見ている。中国語のレベルも中級の上くらいには上がった。一緒に見に行く人とちょっとした文化論議や評論をするという楽しみ(プレッシャー?)もあった。そのために,「京劇の世界」なる小冊子も買い込んで、予習をみっちりした。

そんなこんなで,午後は仕事を早めに切り上げ(るつもりだったのが,仕事をたのまれて,実際に同行者に会いにいけたのは約束の時間ぎりぎりだったが),愛知県芸術劇場へ。改装されてからこの大劇場へは初めて入る。港湾会館や市民会館,厚生年金会館,鶴舞公会堂など、結構あちこちの舞台に立ったことはあるが,大劇場へは観客として入ることすら初めてで,欧風のオペラ劇場の様な上階の張り出し席があるのにびっくりした。

さて,京劇である。3列目の席で、少し端の方ではあったが,舞台の振動が直接伝わってくる。同行者が用意していてくれたオペラグラスで俳優を観察すると,目の動きや服装の文様がくっきりはっきりと目に飛び込んできて,プロの仕事に感動の連続だった。

なにより,色遣いが見事だった。計算し尽くされて居るであろう配色がどんどんきりかわっていく。マスゲームとオペラを足して二で割った様な,飽きさせない舞台である。

残念ながら、名古屋の観客は自分も含めて京劇慣れしていない。おそらくは声をかけるところだろうな,拍手をするべきだろうなというところでも,最初の頃は観客は身じろぎもしなかった。

しかし,場が進むにつれ,どんどんと舞台と観客の一体感が進んできた。特に,観客席の後ろの方から,しばしば「好(はお!)」という京劇独特のかけ声がかかる。歌舞伎で俳優の屋号を叫ぶタイミングが難しい様に,これも常連の観客の見せ場なのだろう。

項羽の気は山を蓋うという歌のところで,この劇で唯一,琴が奏でられた。一番の山場だ。同行者がこっそり,項羽の有名な詩だと教えてくれる。楽曲で,詩歌で,日中が古代中国という文化を共有しているなと感じる。

そして終場。項羽の自刃で唐突に、劇は終わった。ちょっと、西洋的なおわりかたかな。もうひとつ気になった点。字幕が出ていたのだが,虞姫は奥さんという扱いだった。同行者と,じゃあなんと訳すべきかと,首をひねってみた。ぱっと思いつかない。徳川政権時代なら、部屋の名前で呼んだりするのだろうけれど、項羽は転戦つづきで,それもないだろう。

はてさて,まだまだ日中の掛橋となるのは難しい。でも、新たな発見にあふれた,楽しい道でもある。

[読書]第8の習慣

mixiのコミュニティ、名古屋アウトプット勉強会の今月の課題本は第8の習慣 「効果」から「偉大」へであった。いわゆる自己啓発本で、私の中では成功本とでもいうべき分類の本である。

同じ著者の「7つの習慣―成功には原則があった!
」という本もよく売れており、分厚さにもめげず、目を通してみた。7つの習慣とは異なった軸を追加するとのことで、内なるヴォイスに耳を傾け、これを信じて進めということになろうかと思うが、キリスト教の発想を知らない一般的な日本人にとっては、ともかく信じてやってみるという人以外には少しわかりにくいだろうなという印象を持った。

当日の参加者には学生や社会人1年生といった20代の若者が多く参加していたため、あなたにとってヴォイスとは何か、あなたのヴォイスは何かと問うてみた。ミッションと理解している人が多かったが、加えて、良心ととらえる人もおり、進むべき道を社会全体が模索している中、自分自身のヴォイスが何か、まだわからないという人も多かった。

捜し求めながら挑戦することによって目指すべき道がはっきりわかるという実感を持っているので、若い人にはちょっとこくな質問かなという気もしたが、こうして真剣に考える姿を見ると、とても頼もしいものだと思う。

さぁ9月

1年も2/3を過ぎ,夏の残照に辟易しながらも朝晩の涼しさと虫の音に,気分をあらためて課題に挑む季節になった。個人的には第4四半期に大きなイベントがある。そのために準備を進めては来ているが,月の初めにあらためて準備状況のチェックや計画の見直しを,本日行う予定。さて,結果は如何に。

気になる?

自転車を保守点検し,久しぶりに乗り回すようになったのは,既報の通り。マウンテンバイクなので,タイヤやサドルが簡単に取り外せる。助手席をはずすか,キャリアを積むことを計画しているが,今はまだ,Miniの後部座席にバラバラにして放り込んである。実は最初はフレームを助手席から後部座席にかけて前後方向においていたのだが,本日助手席を使う必要が出て,急遽,後部座席に全部押し込むことに。意外とMiniは内部は広いので,あの大きさでもちゃんと入りました。

この自転車バラバラ状態,通りかかる人は結構気になるようで,覗き込んだり,あの自転車,何?と聞かれる始末。むき出しで載せているから,しょうがないかな。

まぁチェーンやハブなどの油がシートに付いて,乗っていただく方に迷惑をかける可能性もあるので,さっさと対策をしなくては。

言葉は人をつくる

自分の前回のエントリーの表題を見て,いつまでもこの表題が最新のままではいかんなと思いつつ,このエントリを記入している。自分が発した言葉は,そのまま自分に帰ってくるのだ。

仕事柄,いろんな会合に出席する。昨日もその一つに出席し,出席者の一人が感情的にムキになっていくプロセスを目の当たりにした。一旦とびだした感情的な言葉は,我慢していた感情を吹き出させるきっかけになる。

感情的な視点,上下関係でしか人間関係をとらえない視点,この二点は自分としてはできるだけ避けたいと思っている。そういう話をすると,ときどき,我慢することはかえってよくないのではと聞かれることがある。

もちろんその通り。自分の感情を吐き出すことを我慢するのは,よいことではない。しつけだとか,鍛錬だとかいったいいわけで他人に感情を出させないことや行動をさせないことを強制するのをよく見かけるが,かえって爆発のエネルギーを試させているだけだと思う。

ではやたらめったら吐き出すことがいいのか。それもはた迷惑な話で,さいげんもなく愚痴や悪口を聞かされると,いいかげんうんざりしてくる。

そもそも,そんな汚れた感情を持たないようになれればいいのだ。汚れた感情が吹き出しているところを避けて,前向きな視点,人として後ろめたさのない気持ちを持つよう心がけていれば,だんだん汚れた感情は出て来なくなる。

というわけで,人が自分を変えようと思ったら,自分の口癖は何かといったところから気にしてみると,案外簡単に自分を変えられたりすると思う今日この頃。

憲法記念日

今日は憲法記念日

風が強く、あたたかではあるなんとなく心落ち着かぬ日。世間では連休後半を迎え、高速道路は大渋滞だそうだ。私はといえば年中連休みたいなもので関係ないといえば関係ないのだが、やはりどこかに出かけてみようかという気分にもなる。

雰囲気というものは影響力の強いものだ。ニュースで誰かが楽しんでいると聞けば、何となく自分もと思ってみたくなる。そうなると、考えなければならないこと、やらなければならないことはあとまわしだ。昨日の井上議員・鈴木議員 の秘書の逮捕が連休後半の直前に行われたのも世間の関心が薄い時期をねらってという意味があるだろう。漂流しているのは経済だけではない。

今日は朝日新聞阪神支局での殺人事件の時効の日でもある

肖像画

井上裕・前参院議長は、本日午後の辞職会見で辞職表明が2日にずれこんだ理由について、「5月1日で議員在職25年。25年の政治生活を、きのうでちょうど迎えたわけですよ。25年。おわかりでしょ」と答えたそうだ。「永年在職議員表彰」で表彰と肖像画ねらいなのだろうが、こんな理由が参議院議長という要職の辞職タイミングを決めるポイントになるのかとなさけなくなる。なんとも幼稚なことよ。

晴れ

12時55分,ナポリ空港発。13時10分パリ・オライリー空港着。シャルル・ド・ゴール空港にバスで移動。理髪。まだ出発時間まで4時間以上ある…。

と思っていたらなんと中東の某国に出張していた同僚に声をかけられる。ちょうど東京に帰国する途上とのこと。もっとも,彼とは同じ飛行機なのだが,先方はビジネスクラス,当方はエコノミー,しかも最後列のいわゆる団体客扱い席。もちろん本社に勤めるこの同僚に責は無く,先方もクラスの違いを聞いて恐縮していたが,あれだけイタリアで一生懸命やっていてもこういう待遇の差を目の前に突きつけられると,いつでも平常心を保つ自己修養というのが本当に自分のためにも会社のためにもいいのだろうかと疑問に思えてくる。

というわけでひたすらパリー成田間は寝ることにした。

暑い

午後1時の気温は40℃。さすがに暑い。

今日はぜんぜん人の話を聞かない困ったハイヤーの運転手があてがわれてやや疲れた。右側のバックミラー が無い(ちなみにイタリアの車は原則としては右側通行)車で,黄色いジャケットを着たおじさんなのだが,失業中で臨時の運転手に雇われたとのこと。指示に従わなくてこちらの語気が多少荒くなると急に景色の話をしたりする。自分ではめったに他人に対して感情的にならないつもりだけれど,疲れもあってか今日はさすがに半ば強引にこの運転手に別れを告げた(約束があるから待っているだの何だのとうるさかったけれど)。

いかんいかん。