気になる?

自転車を保守点検し,久しぶりに乗り回すようになったのは,既報の通り。マウンテンバイクなので,タイヤやサドルが簡単に取り外せる。助手席をはずすか,キャリアを積むことを計画しているが,今はまだ,Miniの後部座席にバラバラにして放り込んである。実は最初はフレームを助手席から後部座席にかけて前後方向においていたのだが,本日助手席を使う必要が出て,急遽,後部座席に全部押し込むことに。意外とMiniは内部は広いので,あの大きさでもちゃんと入りました。

この自転車バラバラ状態,通りかかる人は結構気になるようで,覗き込んだり,あの自転車,何?と聞かれる始末。むき出しで載せているから,しょうがないかな。

まぁチェーンやハブなどの油がシートに付いて,乗っていただく方に迷惑をかける可能性もあるので,さっさと対策をしなくては。

想いが通じなくとも

アフガニスタンからペシャワール会というNPO団体で活動し,現地のゲリラに襲撃された伊藤さんが無言の帰国をした。遺族や関係者の方々にお悔やみを申し述べたい。自らの理想をおしつけること無く,ともに生きる,人々のために生きることを実践し,現地の人々に慕われてきたのに,自らの主張を実現させるための道具として扱われ,命を奪われるに至ったこと,誠に理不尽で,やりきれない思いである。現地の治安が悪化しているとのことで,残っていた他の数少ない支援活動組織の外国人職員,参加者の現地引き上げがあいついでいるとのこと。想いがつたわらないもどかしさ,自らの力では変えようも無い国際紛争の構造に,携わってきた方々の無念の想いも強いであろう。

どんなに崇高な理念での活動であっても,その想いが通じないこともある。歴史上繰り返されてきたことではあるのだが,同時代の出来事として受け入れるのはなかなか難しい。安全確保や事業の実現,理念の理解を得るためにできうる限りのことをしつつ,時には最善を尽くしたことをせめてもの慰めに,現実を受け入れざるを得ない。

海外に関わることは,楽しみも多いが,苦しみも多い。互いに理解しあえたときのよろこびや,対立を乗り越えて何かを実現したときのよろこびは至上のものだが,ボタンの掛け違いや,自分たちの考えや理想こそが唯一の正しいものという考えがあると,対立は深刻になる。時には,最も悲しい結末を避けるために,自分たちの主張を呑み込むこともある。より大きな理想を実現するためになら,引くというのも苦渋の選択の一つとなろう。

ペシャワール会をはじめとして今回一時的撤退を余儀なくされた人たちは,現地での活動を何らかの形で,例えば現地スタッフを中心にするなどして続けるとしている。常に理想のために,関係者の尊厳を尊重しつつベストを尽くすという姿勢を見習いたい。

食の表示の実態

生鮮食品及び加工食品の品質表示実施状況調査等の結果について(2007(H19)年度)が公表された。生鮮食品,加工食品とも,全般的に表示の誤り(あるいは偽装)は1%あるいはそれ以下程度のようだ。目立つのは,生鮮食品の小売店での表示の誤り(あるいは偽装)で,大雑把にいって調査対象の1割くらいで不適切な表示が見つかったとか。

残り9割では不適切な表示が見つからなかったとのことで,ほとんどの店が一生懸命やっているとはいえそうですが,それでも桁違いというのは気になります。小売店の皆さん,表示に対する意識を高めましょう。

5000円で整備

この金額はMiniではなく,自転車ですが(携帯空気ポンプ,スタンドの購入)。

ベランダでタイヤの空気が抜けたまま日干しになっていた自転車を引っ張り出し,久しぶりに空気を入れてみた。ついていなかったスタンドを購入し,とろけかかっていたグリップ・ゴムをとりかえ,変速機,ブレーキのワイヤの位置を調整。24段変速のはずが8段変速くらいになってしまっているが,街乗りなら不便はなさそうだ。手始めに大学の図書館やMiniを預けている整備業者さんのところまで,片道30分くらいをそれぞれかけて走ってみた。ふむ,高校生時代とあまり変わらない感覚で乗れそうである。

名古屋は歩道が広く,交差点での道路との段差が抑えてあるのに加え,駐輪場が随所に整備されているので,歩行者優先や交差点での減速・一時停止などのマナーさえ守っていれば,自転車は実に便利壮快な移動手段となる。

Miniのほうも整備が終わり,スムーズなブレーキ操作感覚が戻ってきた。タイヤやサドルをはずせば自転車も簡単にMiniに載せられることがわかったので,夏の終わりに少し遠出でもしてみようかと思う今日この頃。

五輪終わる

北京五輪が終了した。多くの日本人は,五輪をきっかけに中国の均衡が崩れるのではないかとはらはらしていたが,ひとまずこの懸念は払拭された。中国が抱えている問題が解決したわけではないが,ともかくも五輪の運営自体は終了したということで,海外から注目を浴びるイベントを無事終えた運営側の人たちは充実感にあふれていることだろう。

取材の自由の制限や記者殴打,拘束,開催期間前や期間中の過激な治安対策,外観を重視して誠実さを欠いた感のある開会式運営など,様々な問題があった。特に政治面では,トップレベルでは価値観の多様化を許容する志向を強めているものの,未だ現場レベルでは名目や治安維持のしやすさ最優先であることが五輪の運営を通じて改めて示された。一方で,市民レベルでは,現在の状況は概ね許容範囲内であると,特に主要民族である漢民族を中心に受け入れている様子は,高い視聴率や治安の維持の面で示された。

一部には五輪後の中国での経済失速や政治の混乱を予想する向きもあるが,個人的には両方面とも大きな構造変化は無いと思う。経済についていえば中国は日本よりよほど政策の取り組み速度が速く—もちろんそれはそれで問題を含んでいるが,それはともかく—,シグナルが出てからの対応が素早いので,失策にしても得策にしてもコントロールの力が強い。また,政治面では現政権のトップはメンツにこだわった強硬な主張をしない傾向が強いのと,目につかないところで様々な民主化政策を進めていて不満のガス抜きがおこなわれており,また,万博も控えている現在,緊張感を持ちつつ合理的な執政を進めていく展開にも変わりはないと思う。

日中は,もっと協力し合えるだろうし,協力の道を探るべきだと思う。ロシアと違い,中国もまた日本と同様,エネルギー資源の乏しさから来る必然的な貿易立国であり,少子高齢化社会への対応や食の安全確保という喫緊の課題を抱えている。基本的に上下関係で人間関係をとらえる東洋的,儒教的な価値観も根強く残っており,こういった意味では日中は文化や経済環境の多くの点で利害関係が一致する。幸い,中国側から見れば,日本は近代史上特殊な関係にあった国ではあるものの,現在では世界に数ある国の一つという意識も強くなってきている。

メンテナンス

本日は小牧でパソコン環境のメンテナンス。インターネットにつながらないとのことだったが,ソフトウェア,ハードウェアともに異常はなく,イーサネットケーブルがきちんと刺さっていなかったことが考え得る原因の一つ。

もともとは一週間後のテレビ電話会議の環境を整えておく意味もあったので,ついでにカメラをチェックしたり,ソフトのメンテナンスを行う。こういうメンテナンスも数が多くなると手がかかるので,リモートでできる環境を整えておいた方がいいのかもしれない。

帰途,音沙汰の無い知人を自宅に訪ねるも,不在。一応生活感はあるようなので,生きているとは思うのだが。最近はメールだの携帯だのブログだのコミュニケーション技術があふれているだけに,ちょっとした連絡や情報発信の途絶えが妙に気になるようになってきたが,いいんだか,悪いんだか。

見立て

修理業者さんによるカークーラー白煙事件のお見立ては,冷え過ぎか,ドレインのつまり。ということで結局気になっているブレーキの点検・部品交換とその他細かなお願い(ラジエータ温度センサーへの並列開閉回路の設置,車高上げ)のみということにした。

お見立てといえば,先日ニューヨーク出張の際に同行した薬局の方のところにお邪魔してきたが,気になっている身体の症状(夏風邪の後期症状?)と現在とっている対策(自分なりの漢方市販薬の投薬など)を伝えたら,こうこうこういう理由でこうだ,だからこうだと,いろんな知恵を授けてくださった。

診断士も会社の健康状況や不具合の見立てと処方を生業としている。経営の問題や課題について顧客である経営者の方の納得を得つつ理解してもらい,経営者自身にも変わってもらうための動機づけのお手伝いをする,やりがいのある仕事です。

先日,仕事で高速道路を走っていたところ,なんだかクーラーの効きが急に悪くなってきたかなと思ったら,いきなり白い煙がエアコン吹き出し口から出てきて,と同時に吹き出し口に霜がたまりだし,そのあたりがどんどん凍り付いてきた。念のためクーラーのスイッチを切り,SAにてエンジンルームを覗いてみたが,特に変わったところはない。

その後,再び走り出してスイッチを入れたが,今度はなにごともなく,普通に冷えてくる。調べてみると,気温がそれほど高くなく湿度が高いとなりやすい現象とのことで,確かにその時は豊田から岡崎にかけての山間部を走っていたし,曇りがちの天気ではあった。が,初めてのことなので,何事かとちょっと驚いた。

うちの Mini のエアコンにはメーカー設定の国産(M社製)のものがついていて,最近はガス充填を2年前に1回したくらい。暑くなるとブレーキの遊びが少し多くなったりするようなので,修理工場に持ち込む算段はしてあるのだが,そのときに一緒に相談してみる予定。

[読書]時が滲む朝—帯の文句

ワンちゃんに引き続き,楊逸女史の芥川賞受賞作,時が滲む朝を読んでみた。

帯には民主化勢力の青春と挫折とか,国を民主国家にしていくのは云々など,勇ましい言葉や目を引く言葉が並んでいる。文芸春秋社が日本国内ではどちらかというと保守的な価値観を大切にする出版社だが,作品の中身を帯から伝えるには,ちょっとバイアスがかかった抜粋の仕方だと思う。作品の中では民主化運動のことはあくまで主人公の活動にそういうことに関わってきた面があるという扱いだと思うのだ。

作者のねらった作品のポイントは,純粋な生き方,言い方を変えれば不器用な生き方をしてきた主人公が,歳を重ねてきて気がついたら自分だけが世の中の流れから取り残されそうになっているという無力感と,それでもなお家族が自分を愛してくれているという安心感,だからこそ家族のために強く生きようという思いのバランスにあるのかなと思う。民主化運動に関わった一人一人は英雄でもないし,打算だけでもない。そんなことも重ね合ってくる。だから,帯に違和感を感じるのだろう。

収穫

ベランダのトマトが次々と色づき始め,窓外の眺めに彩りを添えてくれるようになった。

買ってきたプチトマトの種をとりだして適当にプランターに植えておき,茶殻やら野菜くずやらを放り込むだけで特に肥料はやっていないのだが,自分の身長を越えるぐらいにまで成長している。

さすがに強烈に暑いこの2週間くらいは潅水だけは日に何度もやらないと,一緒に植えてある朝顔がしおれてしまうので気分転換もかねてやっている。が,それにしてもよくもこんなに環境の悪いところでたくましく育つものである。

蒔いたのは生食用にスーパーでいろいろ買ってきたもののうちのいずれかだが,全てF1種を使っているのかと思ったら,こうして芽が出て花が咲き,実がついたということで,少なくとも普通の品種のものもある模様。