第二代農民工とは

昨日参加した中国ビジネス研究会で出てきた単語について,少し調べてみた。

百度百科の定義

百度百科の「第二代農民工」の定義は以下のとおり

いわゆる「第二代農民工」は,80年代生まれ(80后),90年代生まれ(90后)の農村労働者を指し,「新生代農民工」とも呼ばれる。彼らはそれ以前の労働者と違い,教育文化程度はやや高く,学校卒業後すぐに都市部で働くため,農業や農村,農民(の実情)などについては詳しくない。また,彼らは都会に溶けこむことを望んでおり,田代の都市文明を謳歌している。

百度百科では,以下,第二代農民工の特性の概述や,名称由来,誕生背景,直面する社会問題,第一代農民工との区別,差別と都市への溶け込み,心境,教育と発展,社会調査,評価,第二代農民工を新生代市民に変えていくためにと続く(2013年4月23日閲覧)。ちなみに中国で出版されている書籍では,「中国第二代農民工研究」という研究書が一冊,「新生代農民工」という用語を用いた研究書が複数出版されている。

「第二代農民工」に関する魚野メモ

中国では,「第二代農民工」とよばれる農村出身の若い労働者をいかに市民化するかが社会問題となっている。彼らは農村部で学校卒業と同時に都市部に働きに来ており,自分たちは農民ではないという意識を持っている。しかし,都市戸籍を持っておらず,社会保障などの福祉面で差別的待遇を受けているのみならず,就職や労働報酬・福利などの社会生活面,結婚などの民生面でも差別を受けやすい。また,故郷に戻ったとしても,農村生活に馴染めない,就労機会が少ないといった問題がある。

現実的な問題としては,上述のような差別がある上に彼らの生活が安定・向上しないうえ,集団生活が多いことから,個人の不満が非社会的な集団行動に結びつきやすいという懸念がある。実際,尖閣問題などで反日デモなどが発生する際,デモ参加者が暴力行為に走りやすいのはこうした不満を持つ農村出身の参加者らの日常の鬱憤晴らし行為の一種ではないかと思える。

この「第二代農民工」という名称が初めて使われたのは,前出の百度百科によれば,中国国務院が2009年12月31日に発布した「关于加大统筹城乡发展力度 进一步夯实农业农村发展基础的若干意见(都市部と農村部の発展度合いの統合を高め,農業および農村の発展の基礎を一層高めることに関する若干の意見)」とのことである(「首次使用了“第二代农民工”的提法」としている)が,上記の「若干の意見」にはそのような表現は見当たらない。ともかく内容はまさにこの第二代農民工の問題を扱った文章であることから,おそらく百度百科の表現が間違っているのであろう。

いずれにせよ,中国政府は2009年にはすでに「第二代農民工」問題の原因,課題を認識していたことになろう。農村,農業,農民の「三農問題」については2000年ころから広く認識され,数々の対策がとられたようだが,都市と農村の経済格差は依然として解決できておらず,「第二代農民工」問題につながっているのだろう。

「第二代農民工」問題は中国の内政問題ではあるのだが,依然として「反日有理(反日ならば何をしても良い)」を通じて日本とつながる問題でもある。ちなみに,前出の百度百科に掲載されている「第二代農民工」の項目にはいくつか写真が掲載されているが,10代,20代の元気で明るいお嬢さんたちの写真も使われており,暴力などの反社会的行為を想像しにくい印象にしているが,現実に目を向ける報道や文学がもっと市民権を得ること,人民の市民化が,進むことを願ってやまない。

中国で農業投資を行おうとする場合の参考情報

自分のためのまとめ。20121003調査
 
■基本情報…農産物の生産法人の設立:中国(JETRO)
 http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/qa/03/04A-111102
 基本的なことはここに全て書いてあります。

■商工中金の海外展開支援(オーバーシーズ21)
 http://www.shokochukin.co.jp/finance/case/overseas.html
 http://www.shokochukin.co.jp/corporation/raise/kind/original/
 資金調達で現地金融機関と提携など

■OVTA関係
 http://www.ovta.or.jp/info/investigation/chn_casebook/index.html
 農業にかぎらず,現地で日系企業が直面する課題に関する資料です。

■中国の土地制度及びトラブル事例
 http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/reports/05001524

■中国農業土地問題研究会
 http://iccs.aichi-u.ac.jp/activity/china_agri.html

■農業進出に関する現地での受け止められ方
http://su-mi.iza.ne.jp/blog/entry/2297871/
 http://j.people.com.cn/94476/7388677.html
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0525&f=business_0525_068.shtml

■日本政策金融公庫関係
・農林漁業者の海外展開に関する資金制度
 http://agri-biz.jp/item/detail/6524?page=2
 海外での販売や,海外での加工施設取得に対する資金融資

■JETRO関係
・国・地域別情報 – 中国
 http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/
 投資制度に関する網羅的情報。
・中国-食品・農林水産物
 http://www.jetro.go.jp/world/asia/cn/foods/
 輸出向けの情報だが,網羅的。
・農林水産物・食品輸出促進本部
 http://www.jetro.go.jp/news/announcement/20120201622-news
 2012/1/20 設置完了。

■農林水産省関係
・海外農業投資に関する情報…
  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokkyo/toushi/index.html
  一般情報の提供であり,実際の進出にあたっては参考程度。
  ただし,「海外農業投資をめぐる事情」最新版には,日本からの
  海外民間農業投資の最近状況が,資料に紹介されている。

・東アジア食品産業海外展開支援事業…
  http://www.maff.go.jp/j/shokusan/sanki/food_tech/f_jigyou/e_asia.html
  機能性食品などを海外展開するための補助事業。

■事例
・山東省に進出したアサヒグループ「朝日緑源」
 http://www.asahigreensource.com/japan/

2012/09 貴州省出張を終えて

尖閣諸島の国有化を発端として日中関係が軋む中,中国西部の消費市場の現状と将来を知るため,2012年9月8日から12日まで貴州省,12日から13日は北京市を訪問し,現地で様々な活動を行った。日本から見ているだけではわからない現地の人々の考えや活動を見聞きし,多くの発見があった。酒類博覧会の報告は別途稿を改めることにし,ここでは現地での魚野の活動と,それによって得た知見などを差し障りの無い範囲で紹介したい。

貴州省・貴陽市の現況紹介

貴州省は四川省,広西省,重慶市などに囲まれた,中国でもっとも貧しい地域のひとつであるが,また一方で,豊富な森林・水資源,投機の対象にまでなっている国酒茅台酒の産地,あるいは夜郎自大という言葉で知られる野郎国があった場所としても知られている。中国政府は国内格差の解消を目的として貴州省から広東省などへと送電をするプロジェクトがあるなど,西部大開発の対象地域のひとつである。今回の出張のきっかけは貴州省の省都,貴陽市で開かれていた国際酒類博覧会の開催であるが,これも,中国中央政府の主催の形をとっており,西部大開発政策の一環といえよう。

貴陽市は周囲を山岳に囲まれ,周年,日本でいう春から初夏のような気候である。気温が30度を超えるようなこともなければ氷点下を下回るようなこともなく,避暑地,避寒地として過ごしやすい場所だ。但し,熱帯性気候らしく夏は曇りがちで,すっきりした雲ひとつ無い過ごしやすい夏というわけではない。貴州省は前述のとおり,野郎国として独立していた期間もあるが,近代以降は概ね中国歴代朝廷・政府の支配下にあった。

水資源が豊富であることは,アジア第二位の滝があることでもわかる。森林・山岳地帯は未開発の場所だらけであり,ここに水力発電所をたくさん作り,電力が不足しがちな広東省などに送電することで,当地の経済成長につなげるという計画があるとのこと。また,貴陽市周囲は市政府をはじめとして不動産開発が未だ相当盛んであり,現在の人口規模の数倍の収容人数を想定した住宅が建設されている。このプロジェクトについては滞在中,周囲の政府関係者や民間人士に何度もそれほどの需要があるのか,誰が住むのかと聞いてみたが,納得のゆく説明はなく,バブル期の日本に近いという印象を持った。

もっとも,貴陽市旧市街は山間の盆地を埋め尽くしており,郊外に市政府を移動させてその周囲にもニュータウンを建設し,省内の農村部から労働者を吸収することでさらに市場を大きくするという話は労働力を吸収できる基幹産業がいくつか育っていけば可能わからないでもない。候補としては,観光サービスくらいしか思いつかないが。

貴陽市・貴州省の普通の人々の暮らし

今回の出張の目的の一つは,中国でもっとも乏しい地域の一つである貴州省での暮らしの現状がどのあたりに迄到達しているかを自分の目で確かめることにあった。別稿では貴陽市の富裕層の暮らしにも触れているが,あくまでボリューム層である一般の人たちの暮らしを知るべく,いわゆる市場にいってみたり,ニュータウンのショッピングセンターを訪ねたり,郊外農村部を訪ねたりした。

貴陽市市内では,大学教授といった階層なら自動車を保有しているし,市内をゆく自動車運転手には若い女性が一人で自らハンドルを握っている姿も多々見られ,自営業者や経営層くらいであれば自動車を保有するほどの豊かさがあるようだ。

市内は坂道が多く,自転車の利用は少ない。圧倒的に多いのは電動バイクで,街を歩いていると音もなく近づいてくる。荷運び三輪車も電動のものが多く,日本とは別の形の,文字通りのモータリゼーションが進んでいる。中国では市内移動が多いことから,電動車でも十分需要があることは聞いていたが,それを実感した。

食事は伝統的な中国料理が圧倒的で,旧市街部では喫茶店,和食・洋食レストランはほとんどみかけなかった。市内移動で気がついた唯一の外食レストランは郊外ショッピングセンター内のケンタッキーとケーキ屋くらいであった。もちろん市内を探せばあるのだろうが。むしろ,狭い道路に連なる食材や定食を提供する昔ながらの市場が目立つ。

着ているもの,身に着けているものは,かつての社会主義時代ほどではないものの,やはりシンプルで,中国大陸らしい地味なファッションという印象。女性も化粧はしていないように見える(この点,魚野は詳しくないので薄化粧なのかもしれないが)し,髪も,ストレートが多い。カバンなど持ち歩くものについては,市内では例えば農村から農産物を売り歩きに来ている農民は竹の背負子や農村でよく見かけるプラスチックの袋などを持っていることが多い。ホワイトカラーは一部,ブランド品を持っている。

こうした観察から,自分なりの結論としては,事前の推測通り,中間層を対象として海外の食品やファッション関連商品・サービスを持ち込むのはやや時期尚早という印象。変化は速いと思われるので,定期的調査は必要だろう。一方,富裕層開拓については,市場規模からいっても,現状の販路網がほとんど無い点からいっても,他の地域も対象とした通販か,人脈を介したネットワーク販売のような既存流通とは違った販売網が必要なようだ。

貴州省の醸造関連産業

中国で茅台酒は国酒扱いである。国酒というからには外国からの賓客が来ると,茅台酒でもてなすのに使われるということ。wikipedia-Jの茅台酒解説ページには,田中角栄やニクソンがもてなされたとある。高粱を使った白酒の一種だ。蒸留酒であるために悪酔いはしないと言われるが,香りがきつく,個人的にはアルコール成分以外の物質もかなり入っているのではないかと思う。また,留学生時代(1980年代後半)や会社員時代(1990年代),白酒を大量に飲んで吐いたり二日酔いになっていた同級生や同僚・先輩を多数見ており,翌日に残らないというのは言い過ぎではと思っている。

閑話休題。今回視察した博覧会では,茅台酒の派生商品(醸造技術が異なる白酒)を複数目撃した。貴州省の,名前も聞いたことのないような地方にも白酒醸造技術はあるようで,しかも最近の茅台酒ブーム—投機の対象にまでなっている—に乗じて新たな醸造商品の開発・発売が盛んになっているようだ。

また,貴州省に住む少数民族,ミャオ族は,文化習慣が日本のそれとよく似ていると言われるが,その例の一つに日本酒とよく似たコメから醸造したお酒や,納豆によく似た豆の醸造品を街でよく見かけた。製造箇所は不明。今後,調査してみたいところだ。ミャオ族の食は外国人が行くようなレストランではあまりお目にかかることは少ないようだが,今後,観光業が盛んになれば,こうした地元特産品が脚光を浴びることもあろう。

※今回の出張の帰途立ち寄った北京では,地下鉄車内などで度々白酒の匂いを感じた。持ち運んでいてこぼしてしまったのだろうか。まだ気温が高かったせいもあるが,こうした高額商品を持ち歩く人が多いことが示唆される。

おまけその1-北京滞在

今回の出張では帰途は北京経由だった。事情があって1泊することにし,留学生時代の思い出の場所を訪ねることにした。とはいうものの,もう25年も前,わずか1日ほどしか滞在しておらず,記憶に残っているのは北京飯店の外観くらいである。

宿泊は前門の近くの四合院を改造した安宿にした。個人経営であり,シャワーとトイレ,洗面所が一室になり,寝室の窓は内庭側しか開いていないところであるが,値段の割には駅や前門大街にもそこそこ近く,いい感じであった。

前門から王府井まで地下鉄で移動し,北京飯店を見に行った。1階のロビーはかなり改装されていたが,車寄せなどは以前のままで,ここでタクシーをひろったなぁと感慨。王府井は全く記憶に残っていなかったが,北京飯店の角から王府井書店が見えたので,早速いってみた。当時は留学生の同級生と一緒だったのでおそらく書店はいっていないが,今回は一人旅,気兼ねなく本屋を楽しめる。

マーケティング書コーナーや中国語工具書(工具書とは辞書などのこと)コーナーをじっくり見て回る。看板にはいまだ「内部書店」の表記があり,興味をそそられたが,さすがに今回はカバンを引きずっていたため冒険はしなかった。

おまけその2-中国国際航空の旅

往路は上海経由,帰途は北京経由で,中部国際空港(セントレア)と貴州空港を往復した。いずれも中国国際航空(CA)の運行で,海外線は全日空との共同運航便だ。CAはスターアライアンス加盟のため,全日空のマイレージを貯めた。相変わらずエコノミーだったが,座席のクラスは初めて見るU。Yと何が違うのか興味をそそられたが,これはまだ未調査。機内の座席の広さは国内線も含めてピーチよりは広い。食事は,見た目や統一感などの点で日本の航空会社のそれとは比べるべくもないが,味そのものは以前の民航時代に比べたら激変した。これならば,日本の航空会社を使って高いお金を払うよりは,CAで十分ではないかと感じた。ただし,遅れがあるのは相変わらずで,往路は名古屋発上海経由が30分の遅れ,帰途は貴陽発北京着が30分の遅れ,北京発名古屋着が1時間の遅れであった。

帰途,隣り合わせたのは魚野が卒業した大学に交換留学生として向かう中国人学生。学部・専攻コースまで同じで,たまたま読んでいた温州人の本がきっかけで話をしはじめ,3時間,ずっと英語(と時々魚野は中国語)で留学のことや日本社会のことを話していた。こういう偶然もあるものなんですね。

終わりにあたって

今回の貴州省出張では,中国の未開発地区の都市部の現状を調査してきた。概ね事前の推測通り,外国産品を買うような層は少なく市場は小さいものの,経済発展は著しい。ただ,その発展が官主導の不動産開発によっている点が気になる。

日本産品をいますぐ輸出するのは労多くして益少なしと思うが,引き続き,定期的に調査していきたい。また,周縁の重慶,四川省,広西省などまだ一度も訪ねたことのない地域も,いずれ調査してみたい。

中国内陸部富裕層

昨日,貴州省貴陽市内のある中国人のお宅にお邪魔し,情報交換をしてきた。いろいろな人脈で10人以上集まって頂き,日本や日本産品に対するイメージや,生活感,仕事観などをヒアリングしたが,いずれも至って好意的,意欲的,前向きなもので,思わず日本国内の閉塞感や他責の態度・報道と比較してしまう。内陸部富裕層の実態の一部を報告したい。

中国内陸部の消費者や社会の現在を実感するため,現在貴州省という,中国でももっとも貧しい地域の一つの省都に滞在している。確かに,街中にはコンビニもカフェもなく,車の洗車はほとんどされていないし,人々の喫煙率も高い。先月滞在していた香港や,今回,途中で立ち寄った上海などと比べると,かなりの生活スタイルの違いを感じる。

しかし一方で,人口が300万人を超える都市で,水源が多く,電力が豊富な当地は経済発展が中国の中でももっとも高い地区の一つであり,80年代の留学時代に感じた社会主義中国という雰囲気はない。小さな商店にも物資があふれ,手持ち無沙汰でたむろしているような人々もまったく見かけない。

昨晩,当地のある企業経営者のお宅にお邪魔し,10人以上の当地の中国人に集まって頂き,様々な情報交換をしてきた。職業は企業経営者数名(幅広くいろいろな産業分野の会社を持つ人や,農業事業を手がけている人など様々)の他,公務員や教員,高級茶芸師といった,社会の中では成功者,ステータスの高い人とよばれる人たちで,自家用車を持っていたり,なかにはプール付きの別荘を持っている人もいる—今回のヒアリングはその別荘で行わせていただいた。

集まってきた人たち全員が,日本には好意的で,日本の産品に対しても強い信頼感がある。案内していただいた方の車は三菱系であるし,別荘の所有者は日本の食品や茶器,AVルームの音響機器など,日本製品をいろいろと見せてくれた。産品だけでなく,茶道文化や暮らし方など,日本訪問時の経験を踏まえながら,幅広い知識と思索,実践を経てのことのようだ。ただ単に品質やブランドに対する妄信的なあこがれというものではなく,かつての中国の文化が日本で咀嚼され,それが新しい刺激になって中国を活性化させている,またそれが日本にもよい影響を与え,プラスの循環を生み出しているなどといった,対等,謙虚,前向きな視点からの発言であった。

また,現在の日中関係が良くないことについても憂慮しており,民間での交流,経済の結びつきの強化がこうした問題の解決の一助になるだろうし,地理的にも離れられないもっと結びつきを強くすべきだという意見であった。

ホスト役の企業経営者のもてなしぶりも圧迫感がなく,気がきいたものであった。たまたま,ヒアリングの最中にぶどうをいただいていたのだが,こちらが手を拭くために自分のティッシュを取り出して吹いていたところ,招待者がさっと部屋の奥からボックスティッシュをとってきてテーブルに置いたり,お茶の話に話題が及ぶと,知人の茶館経営者や茶芸師を呼んで中国茶の手前を皆に披露させるなどし,普段の事業経営ぶりが伺え,これならば確かに経営している事業がいくつもあり,成功しているのも当然だろうという印象を与えるものであった。

残暑の厳しい名古屋と違い,当初は現在日中,気温がせいぜい27度くらいまでしかあがらず,屋外でも過ごしやすい。ヒアリングは邸内の屋外プール前のテラスで行われ,その後,庭にある別の建物で食事に招かれ,さらに場所を移して中国茶をいただいたが,おそらくこういったスタイルは,社会主義時代を除き,連綿と行われてきた中国の富裕層の社交の普通の姿なのだろう。1億人以上いるといわれる中国の富裕層の生活のほんの一端を垣間見ただけだが,国内でもっとも貧しいといわれる地域でもこのような生活様式があり,今後も何百年と,こうしたありかたが各地に存在するだろうという感慨をもって,館を後にした。

明日は,当地で行われている酒類展示会の様子を報告したい。

貴州省貴陽市第一印象

中国・貴州省・貴陽市にやってきた。まだ到着して二時間半ほどしか経過していない—空港では貴州省政府のかなり偉い人が夜の11:00に到着する飛行機を待っていてくださり,わざわざあいさつをしてくださった。恐縮しきりである—が,まずは第一印象を記しておこう。

貴州省は中国でももっとも貧しい地区の一つで,実際,市内を通行しても,街路灯の他についている照明が少なく,やや暗い感じがする。建物は空港近辺こそ平屋が多いものの,町中では10階建て以上の建物,居住用からオフィス用とと思わしきものまでがそこかしこに見られ,建物の密集度もかなりあり,名古屋であれば空港線を走っているような感じだった。当然,空港からホテルまでの経路にもよるだろうが,ともかく留学していた1987〜88年の南京に比べたら,明るさも建物の高さも走っている車の量も雲泥の差だ。

貴州の人々の言葉はなんとか聞き取れる。巻き舌がないのと四声が北京官話のそれと違うので,気を抜いていると,何を話しているのかわからなくなることがあるが,普通語の知識があれば,なんとかなりそう。言語というものはおもしろいもので,発音やイントネーションは,方言同士にだいたい法則性があるように思う。だから,基本となる言葉を一つ知っていれば,話せなくても聞き取ることはできるようになる。1週間もこちらにいれば,ある程度真似できるようになるだろうと,豪州での経験から予測している。もっとも,今回の出張は自費で来ているので,当地は実質3日間の滞在で,聞き取るのに慣れる頃に帰国予定。

人々はあたりが柔らかい。前述の貴州省政府の行政官,ホテルまで送ってくれた知人の知人,ホテルのフロントの女性など,地方らしい温かみを感じさせるふるまい,態度であった。途中,経由してきた上海でも,空港で怒鳴り散らしている利用客もいたものの,自動チェックイン機の担当職員,機内の職員,空港内の書店店員の態度,ふるまいも,以前の中国なら必ず感じた高圧的な雰囲気や冷たさは感じられなかった。

明日以降,当地の企業経営者・消費者へのインタビューや,大規模展示会の参観をこなす予定。無事,FacebookやTwitterも外出先でもホテルでもつなげる方法が確保できた。次回は,もう少し実務的な報告をしたい。

天安門事件の日に思う

また天安門事件の日がやってきた。六四天安門事件の当時,自分は1年間の中国留学から帰ってきたばかりの大学生だった。以前にも書いたが,普段は政治や外国のことがほとんど話題にならない工学部の同級生たちが,もっぱらこの事件を論評していた。

いくつかの感想がある。

まず日本からの視点。

特に中国統治に関わるニュースに対する相対的位置づけだ。直近ではシリアで,権力者側の武力による市民弾圧という同様の事件が進行しているが,ほとんど日本国内では話題にならない。これは,日本での中国への関心が人道的な観点から,あるいは人権的観点からという勢力がほとんどないことを意味するのだろう。

それはそうだろう。天皇を含む日本政府の戦争責任に関して,未だ他国のせいだけにしてしまい,統治システムのまずさやリーダーの判断の誤り,リーダーを支えるスタッフの判断の誤りを客観的に分析する努力が乏しい。20世紀にもなって政府が市民虐殺や慰安婦制度を推進したという事実は,規模の大小を問わず,非難すべきものだ。天安門事件で人権上の視点から中国政府を批判するなら,先の大戦で日本が犯した罪をも批判すべきだ。

批判とは,口汚く罵ることではない。事実がどうであったかを調べ,原因が何であったかを検証し,自分たちができる再発防止策を提言することだ。日本にいるなら,中国政府はこうあるべき論を展開してもせんないこと。外国に居る自分が,中国に対して,どういう働きかけをすれば再発防止となるか,状況の改善になるのか,これを考え,実行すべきだ。なにかしら有効な手立てを提言し,実行しているか,検証していけるかが,日本の今後100年を考えた場合に必要な行動だ。

もうひとつは,中国からの視点。

この問題に限らず,中国では報道や意見発表に管制が未だ強くはたらいている。そして,地方政府段階での統治が相当荒っぽいことについて,解決策が見えていない。これらはもっと中国国内で議論になって良いはずなのに,なっていない。こうした問題の原因は,つきつめれば共産党一党支配という体制の問題に行きつく。

ソ連の崩壊を目の当たりにし,また,中国が世界経済危機の防波堤となっていることを認識している中国の指導層が秩序の維持を最優先と判断するのは,さして不思議なことではない。だが,今の世界システムに経済ががっちり組み込まれている中国が,自由主義諸国と本格対立を本気で考えるとも思いにくい。また,経済成長による価値観の多様化した社会では,このまま一党支配を続けられないことも目に見えている。人口ボーナスによる経済成長の後押しが消え去る前に,つまりここ10年くらいの間に次の政治体制を構築することは,中国指導者層にとっては外国から指摘されるまでもない,最大の課題といえよう。

一つのアイディアとしては,国としては共産主義を目指すことを標榜することを維持しつつ,共産党が分派することで実質上の多党制・民主制へ移行することだ。今まで一党支配体制であったので,他の民主諸派—日本人の多くは知らないが,現時点でも中国大陸には中国共産党以外の政党が存在する。もっとも,共産党の指導のもとに活動をおこなっているという状況だが—をいきなり共産党と同格にするのは無理があろうが,共産党が2つくらいに分かれ,他の諸派も含めて互いに切磋琢磨するというのは,現実的な解なのではないか。体制移行の衝撃も,独立活動など地域別のセグメンテーション化よりも少ないであろうし。

事件で犠牲になられた人びとにあらためて哀悼の意を表したい。互いに穏やかに暮らしていける国際社会を創りだしていくことが,私たちの使命だと思う。互いに認め合う市民たちの互恵関係が維持・発展できるよう,人的,経済的交流を盛んにする必要がある。診断士として,6次産業化プランナーとして,教育関係者として,一市民として,そんな責務を果たしていきたい。

201205香港出張

2012年5月19日から22日,日本食品・農林水産物の輸出の可能性を探るため,6次産業化プランナー,中小企業診断士の仲間と香港に出張してきました。

現地では,流通関係者や政府関係者との面談・ディスカッション,事前調査情報の共有のためのミニセミナー,現地小売市場(高級スーパー,一般スーパー,日系ショッピングセンター,いわゆる伝統的な街路の市場など),和食レストランの視察,タウンウォッチングなどもりだくさんのプログラムでした。

今回の出張でわかったことは,1)香港市場の魅力の本質,2)正面攻勢での香港市場攻略の難しさ,そして3)こうすれば開拓できるのではないかという可能性,の3つです。

1)香港市場の魅力の本質

香港は人口約700万人の都市国家といっていいくらいの地区ですが,年間3,000万人以上の外国人観光客がやってきます。気持ちは概ね親日的。特に若い世代は日本への強いあこがれを持つ人も結構います。また,香港での流行が,観光客を通じて,広く世界各国に情報として流れていきます。英語を話せる人が多く,日本の事業者が商談しやすいことも魅力です。香港政庁が,食品流通のハブとなることを目指しており,つい先日,貿易発展局総裁と農林水産大臣が日本の農林水産物・食品の香港への輸出促進協力についての覚書を交わしました。更に,香港は台湾とならび,中国投資の窓口役を担って来ました。これは,香港市場を通じた中国市場へのアクセスのしやすさ,リスク回避のしやすさをも意味しています。

2)正面攻勢での香港市場攻略の難しさ

魅力あふれる香港市場ですが,日系大手小売業者がかなり以前(魚野が1988年に香港に行ったときは既に日系の百貨店がありました)から進出し,日本食品を扱う強力な卸売会社もあります。有力な日本メーカーの商品は,日系のお店や高級店には結構ならんでおり,すでに子会社や現地卸売市場を通じてそうした現時点での有力チャネルの小売店店頭がかなり抑えられているものと考えられます。特に,日本酒については,現地でかなり豊富な種類の銘柄,サイズを見かけました。新たに開拓するとしたら,よほど商品や売り方に特徴がないと,なかなか厳しいのではとおもいます。

3)こうすれば開拓できるのではないかという可能性

一方で,現地に行って様々な売り場を実際に見たり,取り扱い事業者,政府関係者とディスカッションを重ねてわかったことは,まだまだ大きな可能性を香港市場は持っているということです。これについては,今回行った仲間と一緒に,今,作戦を練っています。これから香港市場を開拓しようとする愛知・三重の二県の事業者さんやその商品の特性を生かし,今までにないやり方で香港市場の開拓ができそうだと,いまからワクワクしています。

2012/04/17 の魚野のつぶやき

上海の近郊にできるという新しいホテル。http://t.co/LLtDwixp 完成予想図を見て,中国のやることだと粗探しをはじめる人もいるかもしれないが,実は中国の土地開発会社とAtkinsという建築デザイン会社とが協力しているプロジェクト。と聞くと,態度を変える人もあるかも。

posted at 23:52:07

魚野メモ:中国の公章[社印]

参加している中国実務法務研究会の発表で突っ込まれて、少し調べてみました。[]内は直前のことばが中国語で、日本語として理解すると誤解を招く同音異義語の場合に日本語訳を入れてあります。

公章とは

公章とは、中国の会社やNPO、行政組織などが、他の組織との契約を交わしたりする時に使う印鑑のこと。

公章の種類

公章にはいくつかの種類がある。

  • 法人印…会社の法定代表人の印章(合同専用章との使分けや効力の違いは未詳)
  • 合同[契約]専用章…外部組織と交わす法律上拘束力のある文章に押す。
  • 業務専用章…頻繁に使う連絡文書用などに使うための印章。
  • 財務専用章…財務関係で使う印象。
  • 党工団印章…党工団組織の活動に関して使う印章。

中国の法人が公章をつくるには

中国の法人の公章は、公安に申請し、准刻[刻印許可]を得た上で、紹介状又は証明書を持ち込んで専門業者に作ってもらう。中国の公章刻印業の営業には公安[警察]の許認可が必要。刻印申請が必要な印章は、法人印、業務専用章、財務専用章、合同章専用の他、銀行通帳印、現金出納印なども申請が必要。

公章をめぐる経営法務上の問題

中国には日本の印鑑登録制度に相当する制度が無く、契約書に押される社印が、本物かどうか、確認することが難しい。しかし、万が一、本物でない公章が押されていた場合、紛争が生じた場合に偽物の公章が押された契約書は無効だと主張されて契約内容が履行されないリスクが生じるので、公章が本物かどうか、必ず確認したい。

下記は、北京市公安局の職員が、捜捜(雑学知識サイト)に公印の真偽を確認する方法について回答を寄せているページのURLとそこに示されている確認方法の要点。

http://wenwen.soso.com/z/q182882783.htm

  • 規定に則った印影か否か(中国では、法人の種類ごとに印影の大きさや書体が法令で決まっている)、
  • 先方当事者の身分証明証や他の文書に押印されているものと同じ印影か否か、
  • 線が薄い、斜めに押されているなどの捺印の異常の有無がないか、
  • 公章についている製造番号や偽造防止記号等を確認する、など 。

しかし、上記のような方法では、巧妙に偽造された公章を使われた場合、印影が本物の社印と違っていたとしても、それを発見できない。相手企業側が、将来何らかのトラブルが起きるときに契約の無効を主張できるように本物の社印を使わないといった場合、日本であれば印鑑登録の証明書を取り寄せればよいが、中国ではそうした公の機関による証明がないという。

なぜ印鑑登録制度がないか。一つには、印鑑の製造は厳重に国によって管理されているので、印鑑は偽造されないのだという建前、もう一つには、偽造の容易な印鑑を重視せず、電子署名を含む別の本人確認手段を重視している、という2点が考えられそう。

確かに、印鑑は時代遅れの本人確認手段になりつつあると思う。デジタル技術や精密加工技術を使えば、印鑑の複製は簡単にできる。

公章偽造

中国でも実際には公章偽造が行われているようで、ネット上のニュースでも時々見かける。ネット上のQ&Aサイトでも、言われるがままに偽造公章をつくることにたずさわると、罪に問われるのかという質問が書き込まれたりしており、国の管理も行き届いていないことがうかがわれる。

最近話題になったのは、国有企業の公章偽造事件で、法人が不起訴になったこと。この事件では、企業ぐるみで公章が偽造されたとされており、事件を起こした当事者(自然人)はもとより、法人も罪に問うべきではないかという声が多いが、地元の検察は条文上、法人が公章偽造の罪に問われることはないとして一旦不起訴とした。しかし、共産党の指示で立件が再度検討中の模様。

http://www.legalweekly.cn/content1.jsp?id=170961

その他参考サイト

http://baike.soso.com/ShowLemma.e?sp=l188261&ch=w.search.baike.unelite

2010年ノーベル平和賞発表さる

今年のノーベル平和賞が発表された。事前にかなり噂になっていたとおり,2010年のノーベル平和賞は,中国で収監されている民主化運動家,劉暁波氏が受賞した。

劉暁波氏は,天安門事件での運動や08憲章の起草,発表などを通じて,共産党一党独裁制に反対し,市民を啓蒙して中国社会を変えていこうとしていた。

一方,中国政府は,劉氏を国家政権転覆扇動の罪に問い,収監,政治的権利を剥奪しているだけでなく,中国国内で受賞を知らせるNHKやCNNの放送を中断させたりした。報道規制があるようで,中国大陸の有力新聞などのニュースサイトではこの受賞のニュースをまったくとりあげておらず,ざっと探した限りでは中国外交部(外務省)のウェブサイトに掲載されている,劉暁波氏の平和賞受賞に関する報道官の質疑応答を記したページくらいでしかとりあげられていないようだ。とりあえず,このやりとりを日本語で紹介しておこう。

質問:10月8日,ノーベル委員会が今年のノーベル平和賞を中国の「異見人士」劉暁波に与えた。このことに関してコメントは?

回答:ノーベル平和賞は,「民族の和睦,各国の友誼の増加促進,軍縮を推進するために招集,宣伝された平和会議やその努力をした人」に贈られるべきものであり,これがノーベルの遺志である。劉暁波は中国の法律に触れたとして中国の司法機関に懲役刑の判決を受けた犯罪人であり,その行為とノーベル平和賞の趣旨は相反している。ノーベル委員会は平和賞をこのような一個人に与えたが,これは完全にこの賞の趣旨に違背し,平和賞を冒涜もしている。

質問:劉暁波の受賞は中国とノルウェーの関係に影響を与えるか?

回答:近年,中国とノルウェーはずっと良好な関係を保持,発展してきた。これは両国と両国国民の根本利益に有益である。ノーベル委員会が劉暁波に賞を与えたことは,ノーベル平和賞の趣旨に相反するだけでなく,中国とノルウェーの関係にも害をもたらす。

※魚野注:中国語では,人名を呼び捨てにすることは一般的には失礼に当たる表現ではない。中国では夫婦同士で互いにフルネームで呼びあったりする。

こうした中国政府の主張には,論理の飛躍があり,違和感を感じる。このやりとりを見ると,中国としては劉暁波氏が政権転覆扇動活動を通じて民族の和睦とは相反することをしたと主張していることになるが,反体制活動が即,民族間の対立をあおることに直接むすびつくとはいいきれない。

また,中国の裁判所は,憲法126条で行政からの干渉を受けないとされているが,一方で憲法89条第8項では国務院(行政機関)に司法行政の監督権限が定められていたりして,そもそも三権分立の一つを担う位置づけとなっておらず,また行政機関による監督は,こうした政治犯の裁判での公平性には大いに疑問を生じさせる。

ただ,「異見人士」という中立的な表現を質問者が使い,それをそのまま政府の公式サイトに載せているということは,政府の記者会見に出席できる立場の人達の間でも,政府と一定の距離を持って問題を見ている人がいるということをうかがわせる。

中国の少数民族自治区での強制土地収用の実況がtwitterでなされていたり,政府が規制するニュースは口コミで広がるなどして,中国の情報統制は,日本で一般的に考えられているほど効果をあげているとはいえなくなってきている。隠されたもので現れないものはないのであり,いずれ,受賞のニュースは中国の国民の知るところとなる。中国の市民がこのニュースを知ったとしたら,当然,賛否両論,あるいは無関心といった様々な反応があろう。中国市民が自ら考え,その考えを自由に発表し,議論できる社会,外国に責任をおしつけることで国内の不満をそらすといった,戦前の日本のようなムリを重ねなくてもよい社会が,早晩,中国において実現することを期待している。